イラスト投稿サイトを“ゲームエンジンとして使う”とは?「pixivファンタジア」主催のarohaJ氏に聞く

インタビュー

イラスト投稿サイトpixivでは、お題に沿ったイラストを投稿するテーマ企画など、ユーザー発の企画が盛んに行われている。そのうちの定番の一つであり、10年以上続けられているのがファンタジーイラストの投稿企画「pixivファンタジア」だ。2008年の1月に第1回が開催され、以後は年に1~2回ペースでシリーズとして開催されている。

pixivファンタジアではシリーズの各作品ごとに世界地図や国家の概要といった舞台設定とストーリーが示され、これに沿ったイラストを投稿する。そして大きな特徴として、国ごとに覇権を争うなどイラストの閲覧数をベースとしたゲーム要素が存在する。pixivファンタジアの“ゲームデザイン”はシリーズを重ねながら進化を続け、11年目を迎え2月1日に始まった最新企画「pixivファンタジア Last Saga」ではpixiv公式が開催協力を行い、今まで以上に本格的なゲーム要素が実装された。

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「pixivファンタジア Last Saga」メインビジュアル

今回もぐらゲームスでは、pixivファンタジアの主催者で、インディーゲーム開発者でもあるarohaJ氏に話を伺った。これまでの振り返りや「Last Saga」の見どころ、また氏の本企画に対する想いなどを紹介していきたい。(ちなみにarohaJ氏が制作したフリーホラーゲーム『FS』のもぐらゲームスでの紹介記事はこちら。)

10年以上にわたり続けられてきたイラスト投稿企画

pixivのサービス開始は2007年9月。pixivファンタジアの初回開催が翌年1月と、本作はまさにpixiv黎明期からの企画となっている。arohaJ氏によると、pixivの中で新しいことをやろうという動きがある中で特定のテーマのイラストを描く企画がいくつか上がっており、それを見て『面白そうだな』と思ったのが最初のきっかけとのこと。そして何より同氏がpixivに惹かれたのは閲覧数やブックマーク数など、イラストレーターが個々のサイトでのみ活動していた時代にはなかった共通の指標が存在する点で、これを『ゲームエンジンとして使えないか』ということからpixivファンタジアという企画を生み出したのだという。

企画の題材としてファンタジーを選んだのは、もともと「指輪物語」のようなハイファンタジーや「ロマンシング サ・ガ」などスーパーファミコン時代のRPGが好きだからとのこと。『指輪物語は映画の「王の帰還」も好きで、あの長い映画を映画館で3回くらい観ましたね』と笑いながら語ってくれた。その延長として歴史も好きで、実際の歴史上の出来事がpixivファンタジアのストーリー制作においてヒントになることもあるという。

こうしたバックグラウンドのもと開始されたpixivファンタジアだが、シリーズを重ねるごとに試行錯誤が行われ、“ゲームデザイン”が固まっていった。

現在のおおまかなルールとしては、2カ月程度の開催期間をいくつかの章に分け、章ごとに複数の「戦場」を設定。参加者は任意の勢力での参戦を示すタグを付けて作品を投稿し、タグごとの閲覧数で各戦場の勝敗が決まる。その結果によってストーリーが展開し、新たな戦場にイラストが投稿され……という流れで、最後の結果をもってストーリーが完結するという形だ。勝敗に応じ国の占領などが発生して勢力分布が移り変わっていくほか、ストーリー展開のために用意されたNPCが戦死することもある。

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pixivファンタジアの基本的なゲームデザイン(画像は「Last Saga」のもの)

言わば「プレイヤー」である投稿者達の手により展開が変化するマルチシナリオとも言えるものだが、ストーリー執筆も自ら行うarohaJ氏によると、プロットはある程度先まで、複数の展開分用意されており、章の決着がついたところで結果に応じたものが実際に執筆されることになるという。実現しなかったプロットが表に出ることはなく、まさに参加者達によって歴史が選択されていくというのがゲーム的に面白いポイントだ。

企画への参加の仕方は参加者によってさまざまで、自分のキャラクターで漫画を描いたり、イラストのキャプションでストーリー展開をさせる人も。公式のストーリーはありつつも自分のストーリーを作れる、かつ他の投稿者のキャラクターを自由に借りて二次創作してもよいことになっているのも本企画の売りだという。参加者間でギルドを組み、例えば騎士団の制服など共通のモチーフでイラストを投稿するといった「企画内企画」も自然と生まれて来たとのこと。そういった盛り上がり方を見て『こういう展開が望まれるな』と思ったら途中でストーリーを書き加えたりすることもあるなど、ところどころ調整を入れることもあるという。

参加者とのインタラクションによりストーリーを紡ぎ、ときには反応を見て手を加えていく……といった作りは、テーブルトークRPG(TRPG)に通じるものもある。arohaJ氏自身TRPGをプレイしたことがあるのかと聞かれることも結構あるそうだが、実はpixivファンタジアを始めるまで、TRPGの存在は知っていたものの未経験だったとのこと。

その後実際にプレイしてみて、確かに通じるものはあるが『TRPGがどういうものか『知らなかったからこそ、この企画をできた』とも感じているそうだ。TRPGに詳しかったら最初からルールを複雑にしてゲーム的な要素の方が強く出るようにしていただろうが、その場合は今のように広く受け入れられていたかはわからない。ファンタジーを盛り上げるための企画にゲーム要素を『ひと加え』したのが盛り上がりの秘訣だったのかもしれない。

ゲームとして運用していく上で要となるタグごとの閲覧数の集計だが、3回目の開催まではなんと作品ごとの閲覧数をひとつひとつ見て、手動で集計していたとのこと。友人に手伝ってもらい、5人くらいで集計していたという。その後、pixivの新機能としてタグごとの閲覧数推移グラフが「ピクシブ百科事典」に表示されるようになったため、これを利用することで集計が格段に楽になった。

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「ピクシブ百科事典」に表示されるグラフでタグごとのイラスト閲覧数の日別集計が可能(画像は前回の「pixivファンタジア Revenge of the Darkness」の項目のもの)

なお、これまで開催された中では、2014年に開催された「pixivファンタジア Fallen Kings」が一番投稿数が多かったという。pixivファンタジアは複数の勢力が協力して大きな敵と戦うレイドバトル的なルールの回もあるが、やはり勢力同士で争って勝者を決める回の盛り上がりが大きく、とくに「Fallen Kings」はダークファンタジーがテーマで、1章ごとに負けた勢力のNPCが必ず一人死ぬというハードなゲームシステムも反響を呼んだそうだ。

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ダークな世界観が人気を博した「pixivファンタジア Fallen Kings」

pixiv公式の協力によりゲーム要素がより色濃くなった「Last Saga」

そんなpixivファンタジアの最新作、それが「pixivファンタジア Last Saga」だ。今回の大きな特色としてpixiv公式が開催に協力しているが、これは昨年、10周年を迎えたpixiv側がarohaJ氏へと「お互い10周年ということでお祝いさせてもらいたい」と声をかけ、話を詰めていった結果実現したとのこと。

これまではある意味、arohaJ氏がpixivのシステムを「ハック」して(もちろん不正な利用というわけでは一切なく、想定外の使い方という意味合いだが)ゲームエンジンへと仕立て上げていたわけだが、pixiv公式が協力することで、技術的にできることの幅が広がった。たとえば小説は閲覧数が前述の閲覧数グラフに掲載されないため集計ができず「投稿は自由だが集計の対象外」という位置付けだったが、今回はpixiv公式が集計を行うことで小説も集計対象となっている。

さらに、pixiv側で開発を行うことで「ゲーム」としての見せ方がより本格的になっている。なかでも注目はワールドマップ。pixivファンタジアでは毎回arohaJ氏が作成する地図も世界観を感じさせる見どころなのだが、今回はこの地図が動的に拡大・縮小可能となり、さらに地図上の任意の地点に投稿したイラストなどを登録可能となっている。その地に縁のあるキャラクターの設定やそこで起きた出来事などを自由に登録でき、『世界を参加者全員で作っていく』感覚が視覚化されるのが面白い。

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任意の場所へ作品を登録できるワールドマップ

これまで中間発表や最終結果発表でしか見えなかった各戦場での戦況が、「Last Saga」では毎日更新されるようになったのも大きな特徴。勢力同士の形勢がバナーでグラフ表示され、さらにバナーをクリックすると表示される各戦場の詳細ページでは、ストーリーも毎日更新される。

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戦況とストーリーが毎日更新に。arohaJ氏渾身のシナリオを存分に堪能できる

また、投稿の傾向に応じて姿や称号が変わっていくアバター要素もあり、称号の取得条件は公表されていないのでその探求も『pixivを使った新しいゲーム』という趣がある。いわゆる実績要素のような「国家ミッション」もあり、こうした機能にまとめてアクセスできるユーザーページは、まさにブラウザゲームのホーム画面のようなUIだ。新たにチュートリアルも用意され、今回初めてpixivファンタジアに参加するという人も遊び方を理解しやすくなっている。

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ブラウザゲームさながらのユーザーページ

「本来のソーシャルゲーム」の再誕か?今後の展開にも期待

最近ではソーシャル要素の過多にかかわらず運営型アプリゲームの代名詞のようになっている「ソーシャルゲーム」という言葉だが、元来はSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)をプラットフォームとしたゲームのこと。その意味では「イラストコミュニケーションサービス」を謳うpixivをプラットフォームとしたpixivファンタジア、とくにゲームとしての見せ方を追究したLast Sagaは、アプリゲームに趨勢が移る中で下火になってきた「本来のソーシャルゲーム」を、参加者のクリエイティビティと結びつけることで再誕させたものと言えるかもしれない。

物語性の高いソーシャルゲームを、今回はpixiv公式のバックアップも大きいとはいえ個人発の企画として実現できるというのは非常に興味深い。公開情報を使うぶんには門戸は誰にでも開かれており、その活用にはまだまだ未知の可能性もありそうだ。arohaJ氏も『pixivファンタジアはファンタジーですが、別のジャンルでもこういう企画が生まれてくれたら』と期待を語る。

今回の副題である「Last Saga」について、arohaJ氏は「今回の舞台であるラスト大陸でのサガ」と「最後のサガ」のダブルミーニングであると語る。今回で終わってしまうのかとも思ってしまうような名前だが、arohaJ氏はその点は明言を避けつつ、『今回で終わっても悔いはないくらい盛り上がる企画にしたい』と意気込みを語ってくれた。また、pixivファンタジアは以前の企画を知らない人でも参加できるよう毎回世界観は一新されるが、その上で今回の「Last Saga」に登場する3つの勢力は、これまで登場してきた勢力を凝縮して3つに分けたような、セルフオマージュ的な要素もあるとのこと。そういった意味でも集大成と言える企画となっている。

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今回の戦いの舞台となる「ラスト大陸」

とはいえ実際のところ、今回だけのためのものとしては大掛かりなシステムとなっているようにも感じられる。それについて取材に同席いただいたpixiv側のプロジェクトマネージャーである岡村亮氏に伺ったところ、最初は汎用的に使い回せるシステムにしようという路線もあったが、『pixiv公式が絡むからには最大限に盛り上げないと意味がないだろう』ということで、完全に「Last Saga」向けたチューニングを行っているという。結果として生まれたものを他で活用できるかもしれないが、『今は全力でLast Sagaに取り組んでいる』とのこと。

執筆時現在すでに投稿数が2,000件を超えて盛り上がっている「pixivファンタジア Last Saga」。戦いの決着はもちろん、pixivのようなサイトをゲームエンジンとして使う試みのモデルケースとしても注目度が高い。arohaJ氏が『割と命を賭けているくらい、特別な回にしたいという意気込みで作っているので、ぜひ参加してほしい』と語る本企画。世界観やゲームシステムに興味があればぜひチェックしてみてほしい。

■pixivファンタジア Last Saga

企画ポータルサイト:https://www.pixiv.net/special/pfls/lp/

arohaJ氏による開催告知:https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=72934234

「pixivファンタジア」公式Twitterアカウント:https://twitter.com/pixivfantasia

  • poroLogue(@poroLogue

    もぐらゲームス編集長。大学在学中にフリーゲームをテーマとした論文を執筆。日本デジタルゲーム学会・若手発表会にて「語りとしてのビデオゲーム(Videogame as Narrative)」を発表。NHKのゲーム紹介コーナーへの作品推薦、株式会社KADOKAWA主催のニコニコ自作ゲームフェス協賛企業賞「窓の杜賞」の選考委員として参加、週刊ファミ通誌のインディーゲームコーナーの作品選出、株式会社インプレス・窓の杜「週末ゲーム」にて連載など。

    フリーゲーム作者さんへのインタビュー・レビューなど多数。フリーゲーム歴は10年半ばほど。思い出に残っているゲームは『SeraphicBlue』『Berwick Saga』。

  • 中村友次郎(@finalbeta

    RPGのプレイと紹介がライフワーク。システムに凝ったRPGをとくに好んでプレイします。商業で一番好きなゲームメーカーは日本ファルコム。運営型では原神にハマってます。
    過去に十数年ほど、窓の杜の連載記事「週末ゲーム」の編集と一部執筆を担当していました。