イラン革命時代の渦中で、政治的な立場を選ぶ壮絶なゲーム『1979 Revolution:Black friday』
近年ではアドベンチャーのジャンルが復調し、新たな流れが出来ている。大きなきっかけとなったのは、海外で数多くのゲームアワードを受賞し、これまでに累計5000万エピソードを販売したtall tale gamesの『The Walking Dead』のヒットだった。パズルを解いていくことよりも、答えの見えない状況の中にプレイヤーを置き、苦渋の決断をさせることを重視する構成を取り、エピソード制で配信していくというアドベンチャーの手法は今日までに他の作品へ莫大な影響を与えている。その後を追うかのように、タイムトラベル青春SFの『Life is strange』や奇妙なノワール『Blues and Bullet』など野心的な作品が次々と現れるようになった。
こうしたアドベンチャーは答えの出ない選択を選び、「もしかしたらああしたほうがよかったんじゃないか…」という葛藤を抱えながら次のエピソードを読み込んでいくことが醍醐味であり、各タイトルごとに葛藤の質は違う。
以上に挙げた作品が全国でワンクール放映されるようなTVドラマだとしたら、アメリカの独立系スタジオiNK storiesが製作した『1979 Revolution:Black friday』はNetflixオリジナルの野心的なドラマみたいなものだ。ではこの作品ならではの葛藤はというと、タイトル通り革命のただ中ゆえの諍いに巻き込まれる一市民の葛藤である。それも、フィクションではなく現実に起きた歴史的な事実、イラン革命のただ中だ。新たな時代へと変わりゆこうとする希望の一方にある、血生臭い諍いの数々を一市民としてどう捉えていくのかがプレイヤーに問われる。
革命の最中に故郷に戻ってきた、一般人として革命に巻き込まれる主人公
プレイヤーは報道写真家を目指している主人公Reza Shiraziとなり、ドイツから革命のただ中にあるイランへと帰ってきたところから始まる。街中に人々が溢れ、革命の指導者であるホメイニの旗が上がっている。 昔からの友達のBabakと再会し、ちょっとした話をする。Babakは革命の熱に浮かれていて、Rezaに熱く街中の様子を説明したり、ホメイニの演説が録音されたテープをこっちに渡してきたりするくらいだ。
プレイヤーはここで簡単な会話選択の方法や、人々が練り歩く中を撮影するシークエンスにてちょっとした音ゲーのような仕様になっている写真撮影の方法を覚えていく。
だが、きな臭くなるのはBabakの友人として現れた男たちや、従兄のAliと出会ったあたりからだ。彼らは一市民ではなく革命を先導するグループの中核にあるメンバーであり、どんどんこちらを勧誘してきたり、こちらを探る秘密警察のスパイじゃないかと疑ってくる。ほぼ傍観者である立ち位置である主人公Rezaと同様の視点であるプレイヤーは、この状況に対して何らかの政治的な立場を表明していかなくてはならなくなる。これがこの作品ならではの選択の葛藤である。
Rezaが革命の様子を収めていくさまを見て「世界に見せつけてやるんだ」と煽るセリフも後に出てくる。革命の状況に対し、報道写真家として中立的な立場でカメラを向けるのか?それとも革命を先導するため、市民や世論を煽るように取るのか?とスタンスが問われる側面もある。
だが、それ以上に周りの人物関係上、この巨大なムードに流れてグループの過激な行動に加担するのか、それとも引き込まれないように中立であろうとこらえるのかという葛藤が出てくる。比較的平和的にグループに加わってる主人公の友人Babakが間にいるというおかげで「ヤバいのはわかっていたが気の良い(かに見える)友人がやってるから流されてしまった」という感覚をゲームプレイ中ずっと味わうことになる。どんどん政治的に危険な立場へと足を踏み入れていく。
写真撮影を通して現実とフィクションの境界が揺らぐ
Rezaは市民が街中を蠢くなかを写真に収めていく。キーポイントで写真撮影が可能な場所で革命下で起きた様々なものにシャッターを切っていくのだが、ゲームで撮ったものに合わせて実際のイラン革命下で撮られた写真と共にTIPSが現れる。
UBIによる第一次世界大戦を題材にした『バリアントハート』が随所に実際の写真と共にTIPSを出している演出に似ているのだが、こちらは主人公Rezaが報道写真家志望の一般人として写真を撮った、ということも相まってか革命の最中を記録していくかのような手触りが残る点が違う。実際の歴史や実録に基づく作品を作る場合、事実関係の情報を載せるだけで手いっぱいになってしまい、作者本人の意図や意見がまるでわからない作品になる可能性が少なくないなか健闘している。
こうしたゲーム内世界と実際の写真を織り交ぜていくことで、やがて”実際の歴史の元にしたフィクションである”という感覚を越え、歴史的事実とフィクションの境界が曖昧になる体験になっていく。
極めつけはこうだ。終盤に差し掛かるにつれ8ミリカメラで撮られただろう実写映像や写真が登場する。これはもはやイラン革命当時の報道写真の範疇ではなく、明らかにプライベートなものだ。いったいこれはどういうことなのか?というのも、このゲームのディレクターは実際にイランで生まれ育ち、自分の家族が撮った写真や映像を使っているのだ。
クリエイター本人の生まれた原点を探る試み
そもそもアメリカの独立系スタジオであるiNK storiesからなぜイラン革命を題材にしたゲームが出たのか?というのも本作のディレクターNavid Khonsariの経歴に大きな関係がある。
1970年生まれであり、幼少期に革命が起きた中で家族とともにイランを離れることになった。そのせいで当時のことについてあまりよく理解していなかったという。カナダに移り住み、のちにアメリカへと渡った経歴を持っている。そしてビデオゲーム業界に入り、『GTA』シリーズや『アランウェイク』などのAAAタイトルの制作にかかわっていた。
それから独立してiNK storiesを立ち上げ、自らのルーツでもある本作の制作を行った…という、アメリカ~イラン間の関係からすると特殊な経歴ゆえに、アメリカによるイラン人主人公のビデオゲームが製作されるという捻じれた構図にもなっているわけだ。
これはNavid Khonsari本人が原点を探る内容でもある。イラン生まれでありながらも子供の頃に離れたせいで、革命のことなんてわからなかったんだという彼がこうしてイラン革命を振り返っていくというのは、そのまま何もわからないままの主人公Rezaがこの作品のなかで体験していくことにも近いといえる。
作中に登場する写真や実写映像は、彼の祖父が8ミリカメラなどで実際に撮ったものだという。そこには昨今の政治情勢やこれまでの歴史によってイメージされるイランの姿ではなく、どこにでもあるような家族の姿や海で遊ぶ姿だ。
自分の幼少時代の記憶を探るような試みは、南米のパズルアドベンチャー『Papo&yo』など少なくはない。ある種、自分の原点を振り返る試みでもあることが、この作品を単なるイラン革命という歴史的な事実を情報の羅列のようにまとめただけのものにしなかったのだと思う。だが個人的な思いがあろうと、ことはイランを取り扱った作品をアメリカのデベロッパーが製作するとのこと、こうしてリリースに至るまでには製作は難航した。
政治的な内容のゲームがリリースされるまでの困難
小規模でアンダーグラウンドなレベルで発表するならともかく、大きなプロジェクトで広く販売することを考えたレベルで、ビデオゲームが実際の政治に関わるナイーブな題材を取り扱う時には逆風にさらされる。
まず資金調達の時点で大変な困難が伴う。たとえば筆者のブログからで恐縮なのだが、2000年代初頭にオーストラリアの報道機関がシャットアウトした不法移民問題を取り扱ったゲーム『Escape from woomera』では移民省の大臣さえ含む世論からの大きな反発もあって、資金調達が未遂に終わり完成品まで行き着かなかったのだ。
ましてやアメリカ側がイラン革命を取り扱ったビデオゲームを制作し販売するということは、現在まで連なるアメリカとイランの関係、引いては中東との関係を考えても相当な難しさは予想される。
実際いくつかの会社から資金調達を行おうとするも、こうした題材であるせいか断られてしまう。では題材に興味をもった不特定多数から資金を募るクラウドファンディングならばどうか?と2013年にkickstarterで資金調達を行うのだが、これも失敗に終わる。当初はもっと長い作品になるとのことだったのだが、規模の縮小を余儀なくされる。
紆余曲折を経て発売に至ってからも、内容が内容だけに過敏な反応がある。当のイランからは大きな反発があった。イランのThe National Foundation for Computer Gamesは本作に対して「これは反イラン的な、アメリカによるプロパガンダだ」と評し、本作に関わるウェブサイトにアクセスすることを禁止し、首都テヘランをはじめイラン各地で本作を販売することを違法としている。
こうして政治的なテーマを取り扱う際には、どうあれ作者の個人的な体験を反映した、私小説のようなものだといっても、これはプロパガンダだ…反イラン的ではないかと政治的な立場として解釈されることは免れない。
そうした軋轢を避けるために、政治的なテーマを取り扱う際はファンタジーやSFの意匠を使いながら暗に示唆していくアプローチも少なくない。だけど近年ではインディーゲーム市場が制作者とプレイヤーと共に発達し多様で挑戦的な表現が広がった。だから先述した『バリアントハート』であったり、本作のようにディレクター個人の原点として存在するイラン革命を取り扱った作品がリリースに至ったのだと見ている。
他ジャンルだろうと困難があるが、とくにビデオゲームでは現代史を取り扱う試みの作品が世に出ること自体が難しい中で、本作の規模でリリースまでたどり着いたことは様々な意味で奇跡的だと言える。
[基本情報]
タイトル 『1979 Revolution:Black friday』(公式サイトはこちらから)
クリア時間 3~4時間
対応OS PC ios
価格 PC版1180円 ios版600円
STEAM版ダウンロード
iOS版ダウンロード