目覚めよ役人根性!「Papers, Please」日本語版レビュー
はじめまして!「枯れた知識の水平思考」というブログでもゲームのことを色々書いてるhamatsuと申します。ちょっくらもぐらゲームスさんにお邪魔してレビューをお届けしたいと思います。今回レビューするのは先日開催されたIndependent Games Festivalにて大賞他2部門で受賞し、日本語対応版も発売され国内でも注目を集めている入国審査ゲーム「Papers, Please」です。
「Papers, Please」ってどんなゲーム?
既にご存知の方も多いでしょうが、改めて説明するとこのゲームは「入国審査」を題材にしたゲームです。プレイヤーは入国審査官となって次々訪れる入国者を厳しく審査していきます。
ゲーム勘のいい人ならこの時点で「面白そう!」と思うかもしれません。ゲームは「調べる」という行為との親和性が高いです。ゼルダの伝説なんかは調べるって行為の連続によって成り立っているといっても良いくらいです。だからありとあらゆる人間を次から次へと調べまくることが出来る「入国審査」は非常にゲームと相性の良い題材です。では、その題材をどのようにデザインしているのか、これから紹介していきたいと思います。
グラフィックの味とミニマルな操作感触
ゲームをやり始めてまず目を引くのが大きく3つに分割された画面と8bit調と言いますか、レトロな味わいのあるグラフィックです。画面は上から、入国審査場の俯瞰、入国者が入ってくる受付、自分の作業机の3つから構成されています。画面に自分が操作するキャラクターは映っていません。このゲーム、実は主観視点のゲームなんですね。そして8bit調のグラフィックが80年代の架空の共産圏の国というゲーム中の舞台の雰囲気をいい感じに醸してます。なんかかつて東欧あたりで本当にこんな感じのゲームが作られてたんじゃないのかって気になるっていうか
そしてこのゲームでプレイヤーが行う、最も重要で最も頻繁にする行為はスタンプを押すという行為です。入国者を審査した上で問題なければ、パスポートの所定の欄に「APPROVED」、問題が発覚した場合は「DENIED」のスタンプを押すのですが、このスタンプを押す機械の動作とその作動音、そしてスタンプを押した時の感触が丁寧に作られているため、ゲームの操作感触のレベルでミニマルな快感があります。ゲーム中で一番操作することになる、スタンプの操作感触が気持ちいいってあたり、制作者のゲームの勘所を押さえるセンスを感じます。
権力によるゲーム性への介入…!
次に、このゲームをプレイしていて気付くというか、気に障るのが、容赦の無い権力のゲーム性への介入です。ここで、舞台が共産主義国家っていう設定が活きてきます。
プレイを開始した当初は、入国審査も単純な間違い探しでしかないので、非常に単調な作業ゲームでしかありません、そこに権力側が新しい要求を加えることで、ゲームが次第にシビアなものとなり、プレイし甲斐のある濃密なゲーム体験が…と行けば良いのですが、このゲームにおける権力の介入度合いは明らかに度を超してます。通常のゲームの価値基準で言えばクソゲーと呼ばれてもおかしくない勢いでゲームが複雑になっていきます。いや、それでも調査がより複雑になることで難易度が上昇するのであればまだ納得できますが、後半の方になると何故か脱走者を容赦なく狙撃しちゃってたりします。どうしてこうなった…。
しかし、このあり得ない難易度の急上昇と今までのプレイ体験の蓄積を無視した新しいゲーム要素の導入など、一度はやり甲斐を感じていたゲームがあっという間に別の姿に変質して行く様、それ自体をユーザーに体験させることこそがこのゲームの目的なのです。
「Papers, Please」は入国審査を題材にしたゲームですが、それと同時に、権力の理不尽を末端の小役人の立場で疑似体験できるゲームでもあるのです。この辺りから次第にこのゲームはユーザーの前にその本性を表し始めます。
なんだかんだで理不尽な状況に適応してしまう哀しきゲーマー体質
このゲームやってて楽しくも哀しくなるのは、先ほど理不尽な難易度上昇だのなんだのと書きましたが、プレイを続けてると、なんだかんだで適応しちゃう自分に気付いた時でした。どんどん間違いを探す手際が良くなり、狭い作業机に自分なりのベストな書類配置ルールを構築し、虫を捕まえるように違反者を拘束し、たまにゲートを無理矢理乗り越えようとする違反者を難なく狙撃できるようになりました。社畜万歳です。罰金が出ない範囲で賄賂を受け取るのも馴れたものです。そうして共産主義国家の入国審査ライフをエンジョイしていると、自分の中である別のゲームに共通した感覚がある事に気付きました。
そのゲームとは、シムシティです。
体験を通した視点生成装置としてのゲーム
シムシティをプレイしたことがある人なら、金のかかる要求ばっかりしてくるくせに、税金を上げると途端に自分の街から立ち退いて行く市民達に苛立ちを覚え、メルトダウンのリスクがあるとはいえ、公害の無い原子力発電所に魅力を感じるというなんとも言えないゲーム体験をした覚えがあるのではないでしょうか。ゲームというメディアはプレイ体験を通して、プレイヤーの体内にある種の視点を育んでいくメディアです。シムシティをプレイすると、多くのユーザーには大なり小なり権力者なりの視点が生成され、権力者には権力者なりの都合や動機があることを擬似的な体験を通して理解することが出来るようになります。
「Papers, Please」もまた、ある種の視点を生成してくれるゲームです。このゲームにおいて獲得できる視点は、権力の最底辺の小役人の視点です。薄給とは言え目先のお金の為に必死で働き、最初は若干の心の痛みを感じていた違反者の拘束になんの躊躇いも無くなり、それほど咎められない程度の違反を犯しつつ賄賂で懐を暖める。見事なまでの小役人としての自分が完成していく過程に、このゲームの最大の面白味があるのではないかと思われます。
ゲームにおける「描かない」ことの重要性と、「描く」ことの意味
更にこのゲームが優れているのは、ゲームにおける「描かない」ことの力を最大限活用しているところです。このゲームの主人公には家族が居ますが、その家族は基本的には描かれません。主人公の稼ぎが足りなくてあえなく死んでしまった際にも記号的な表示のされ方しかしません。
ですが、この家族がちょっとだけ描かれる例外的な場面がゲーム中に存在します。筆者は、この場面で自分でも意外なくらいグッときてしまいました。いや、本当になんてことない些細な描かれ方で、なんとも思わない人だってたくさんいると思うんですけどね。ネタバレってほどのものでも無いと思うし。エンディングが複数パターンあるゲームでまだその全てを見ていないので他にも家族が描かれてる可能性もあるんだけどね。
大袈裟な言い方かもしれないけど、理不尽な権力やら次々押し寄せる入国者の波に翻弄されっぱなしな自分の労働(ゲームプレイ)に対して「意味」を与えられた感じがしちゃったんです。「意味」に形が与えられたというか。
これがどれくらい作り手側が意図したものなのかは、筆者にもわかりません。しかし、このゲームが「描かない」ことでユーザーの想像を刺激し、要点を押さえて「描く」ことで、我々の体験を巧みにデザインし、それぞれに豊かなゲーム体験が得られるように設計されたゲームであることは疑いようもありません。
「Papers, Please」、傑作だと思います。
海外のゲームシーンの直面している状況
ここからはちょっと余談になります。ここまで紹介してきた通り、「Papers,Please」はとても面白いゲームです。ですがこの「面白さ」はちょっと複雑な構造をもった面白さです。ゲーム内容がどんどん変更させられ、劣悪化していくプレイ体験それ自体が興味深いというなんともヒネくれた「面白さ」です。このようなゲームがIndependent Games Festivalにて、幾多のゲーム開発者達に絶賛をもって迎えられたのは何故なのでしょうか?
あくまでも筆者の私見ですが、海外のゲームシーンは一つの踊り場に到達したのではないかと思います。特にAAAクラスの大作タイトルはクオリティ的に一つの到達点に達したと言っても良いでしょう。今年のGame Developers Choice Awardnite多数の賞にノミネートされていたラストオブアスやGTA5というタイトルは素晴らしいタイトルですが、ここから新しい何かが始まるというよりは、成熟の果ての行き詰まりを感じ取ってしまいます。
筆者自身今年のGDCへの参加を通して海外におけるインディーシーンの盛り上がりには強い感銘を受けました。そしてこれらの動きには成熟しきった一連のAAAタイトルへの反動を見てとるのは決して穿った見方というわけでもないのではないでしょうか?この事については、詳細に論じているとえらい長文になってしまうので、また別の機会があれば語ってみたいと思います。
なんかどうのこうのと言って見ましたが、こういうサイトを頻繁に覗いてゲームについてああでもないこうでもないと考えたい人にとって今後数年は非常に興味深い時期を迎えつつあると言っていいでしょう。「Papers,Please」を通して権力者にいいように振り回されながら黙々と入国審査に励むことを通してあなたもゲームというメディアの本質の一端に触れてみませんか?
アルストツカに栄光あれ!
■papers please
[ソフトウェアタイプ]
シェアウェア(1,008円)
[対応OS等]
Windows,Mac
[ダウンロード]
Playism:Papers, Please(ペーパーズプリーズ)
steam:Papers, Please on Steam
[制作者」
lucas pope
[プレイ時間]
クリアまで4時間程度
※2014年12月14日iPad版が配信開始(600円)となりました。
DLはこちらから
(関連記事)
Steamハロウィンセール開催中!おすすめインディゲーム18選
名作インディゲームRPG『UnderTale』 公式日本語版が2017年配信予定
『ゼルダ』や「ジブリ」の影響が息づく『Hyper Light Drifter』は美しくもムズかしいアクションRPGだった