消えたVTuberのため、やるべきことはただひとつである。『お前のスパチャで世界を救え』!
バーチャルYouTuber。略してVTuber(ブイチューバー)。
イラスト、3DCGで描かれたキャラクター(アバター)を用い、動画投稿や生配信(生放送)をする配信者の総称だ。2021年現在、その数は1万人を突破し、YouTubeでの活動に留まらず、VRライブイベントの開催、テレビ番組出演、果てはCMや自治体への起用など、活躍の場を大きく広げている。
そんなVTuberの生配信では、チャットによる視聴者との交流が盛んに行われる。そのチャット用の機能で「スーパーチャット」、略して「スパチャ」なるものがある。いわゆる「投げ銭」。配信者たるVTuberにお金を払い、応援の気持ちを伝えるというものだ。またこの機能を使うと特徴的な表記になるため、VTuberに自分のコメントを拾ってもらいやすくなるという利点もある。
その「スパチャ」とVTuberの交流に着目したノベルゲームが『お前のスパチャで世界を救え』だ。なんだか壮大なストーリーを予感させる題名だが、先に断ると、決して世界崩壊の危機にVTuberとプレイヤーが立ち向かう内容ではない。あしからず。
ただ、その名の通りに「スパチャ」が全ての運命を決するストーリーである。
ある日、”推し”が消えた。そして、消える1週間前に戻った。
ある企業に勤めるサラリーマンの主人公は、動画サイト「QooTube」で活動するバーチャルQooTuber(VTuber)「春樹花(はるきげ)にあ」の熱狂的ファン、通称「にあらー」である。
「春樹花にあ」。1年前から活動を始めた新人VTuberで、チャンネル登録者数は1,182人。数十万、数百万に上るVTuberと比べるとマイナーに属する。投稿動画とその再生数、ファンの総数についても今のところはまちまちだ。
(主人公いわく)かわいいのに。
だがしかし!
いつか爆発的にファンが増える時が来る!
そうに違いない!確定的明らかだ!
そう、「にあらー」の主人公は輝かしき未来の到来を確信していた。
そして、活動開始から1年を迎えた8月31日の夜。それを記念した生配信が行われ、仕事から帰宅した主人公も視聴者のひとりとして参加。「スパークチャット」こと「スパチャ」を送って、1周年をお祝いした。
放送は盛況のまま終了。次回の配信と今後のさらなる躍進を主人公は願った。
しかし、その時は二度と来なかった。1周年記念の生配信を最後に「春樹花にあ」は消えてしまったのである。しかもなぜか、これまで投稿した動画、チャンネル、Twitter……もとい、「ツブヤイター」のアカウント全てを削除した上で、だ。
それから1週間、1ヶ月という時間が経つも、新たな動画が投稿されたり、生配信が行われることはなく、「春樹花にあ」は幻になってしまった。
主人公はその現実を受け止めきれず、虚ろな日々を送っていた。そんなある日、某巨大掲示板のマイナーVTuberスレッドを覗いたところ、奇妙な書き込みを偶然にも発見。それは8月31日の生配信終了後に投稿されたもので、「春樹花にあ」の消滅を示唆する不可解な内容だった。しかし、今更そんなのを見つけても、「春樹花にあ」が帰ってくる訳でもない。時計の針を戻すことはできない。それでも、「もう一度、やり直したい!」と、主人公が強く願って眠りにつき、目が覚めると……
なんと8月31日の1週間前に時間が戻っていた!まさかの展開である。
そして当然、この頃はまだ「春樹花にあ」もVTuberとして普通に活動している。件のスレッドの書き込みから、消滅する8月31日までの間に失踪に繋がる重大な出来事が隠されているのではと読んだ主人公は、未来を変えるために行動を開始する。
果たして、「春樹花にあ」の消滅を防げるのだろうか?
以上が導入部分となる。この後、主人公ことプレイヤーは生配信を通して「春樹花にあ」との交流を重ねつつ、期日内に消滅に繋がる要因の発見に挑む形となる。一連の展開が示す通り、実は本作、ミステリー系のストーリーなのである。
とは言え、基本的には要所ごとに現れる複数の選択肢の中からひとつを選び、ストーリーを追っていく王道のノベルゲーム。凝った謎解き、パズルなどは登場しない。
ただ、選択肢には「スパチャ」と関係したものが紛れ込むようになっていて、その金額と添えるコメントによって以降の展開が揺れ動く。最終的には6つのエンディングを迎えるのだ。ということは残金の概念があるのか、と思うかもしれないが、そういうのもない。繰り返しになるが、作りそのものは王道のノベルゲームである。
ただ、VTuberと視聴者の交流の仕組み、カラクリがノベルゲームの枠組みに落とし込まれた作りで、一風変わった”読み進める面白さ”を持つ作品に仕上がっている。それらを題材にしたなりの”らしさ”が詰まっているのだ。
再現性の高いVTuberネタの数々と、その光と闇に踏み込んだストーリー
そのため、本作の最も面白い所はと言われれば、VTuber周りのネタの再現度の高さと演出を挙げる。これがまた、雰囲気からVTuberにありがちな出来事も含め、細かく拾っては押さえた作りになっている。
作中のキーになる生配信、スパチャによる交流は序の口。
投稿動画一覧とサムネイルが非常に”それ”っぽかったり。
「ツブヤイター」で今夜の配信情報が流れてきたり。
その配信でプレイするゲームに視聴者のひとりとして参加したり。
果ては、”にああーと”を描いてツイートしちゃったり……などなど。
VTuberの世界に足を踏み入れた人なら、何度も目にしたことのある展開と演出が連続するのだ。
ちなみに「春樹花にあ」本人もVTuberらしく、作中ではヌルヌル動く。一連のアニメーションは実際のVTuberのアバター作成にも使われる、有限会社エムツー開発の「E-mote Free Movie Maker(通称:えもふり)」を用いて実現。本物仕様なのである。そのため、普通にVTuberとして活動していても違和感ない存在感がある。
おまけにかわいいと来たもんだ!(大事なことなので2回)
数あるネタと演出の中でも、必見なのはゲーム配信だ。どこかで見覚え、聞き覚えのある作品のパロディが登場する。しかも、プレイ中にはゲーム部分もそれっぽい動きと共に描かれる。さすがに本物並の滑らかな映像が流れる訳ではないが、ゲームを遊んでいるという確かな雰囲気を味わえる仕上がり。中でも作中、2本目として登場するゲームの演出は非常に凝ったものになっているので、要注目。元ネタ経験者なら、ぶっ飛んだ解釈と要点を押さえた動きに爆笑必至かもしれない。
ネタと演出面にフォーカスしたが、肝心のストーリーも大変ぶっ飛んだ内容。取り分け強烈なのが6種類のエンディングだ。ありがちなものから、思わず二度見する衝撃的なものまで、まさにやりたい放題なラインナップになっている。
どんなエンディングがあるのかは見てのお楽しみだが、ひとつだけ、「スパチャ」を使いまくると辿り着ける結末は必見である、とだけ書いておこう……。
脇を固めるキャラクターたちも魅力的。中でも「にあらー」のひとりである「かたラーメン」には、間違いなくプレイヤーの大多数が圧倒的な親近感と愛着を持ってしまうだろう。これもまた、具体的な活躍は本編でお確かめいただくとして、人によっては本作の真のヒロインは「かたラーメン」であると解釈するかもしれない。それくらい強烈なのだ。
けど、「春樹花にあ」も十分魅力的ですよ!
かわいいんですよ!(大事なことなので3回)
本筋もミステリーだけあって、不穏な展開も相応にある。あの時間が戻る前に発見したスレッドの書き込みは何を意味しているのか。なぜ、「春樹花にあ」には他のVTuberの配信とのある決定的な”違い”があるのか。
そして、主人公が生配信を楽しむ裏で放送を見つめる人物の正体とは。
当然のように全ては本編を見てのお楽しみだが、明らかになる真実には、VTuberの光と闇を目にすると同時に、VTuberを「応援」する行為の意味とあり方について、考えさせられるかもしれない。
裏を返せば(若干ネタバレすれば)、エグい所に踏み込む内容ではある。人によっては拒否反応が生じるかもしれない。
ただ、そんな闇に直面しつつも、光輝く未来があることを予感させる内容にまとまっている。主人公がどんな答えを導き出すのか、気になるのなら、覚悟を持って「春樹花にあ」の真実に迫ってみていただきたい。VTuberの深淵というものを知るはずだ。
スパチャがそのVTuberの運命を変える!(はず)
しかし、ストーリーには若干、気になる部分も。詳細は伏せるが、6つのエンディング全てで作中最大の謎が解明されないままなのは、筆者個人としては非常に腑に落ちないものがあった。想像にお任せするとの意図があるにしても、無理がすぎる。願うことなら、その謎の関連を示唆する要素、小ネタを仕込んで、納得感のある形にまとめて欲しかった。このため、綺麗サッパリ終わる内容を求める人には気を付けていただきたく思う。念のためだが、決して未完ではないので、その点はご安心を。
また、制作ツール(ティラノスクリプト)の事情も関係するが、処理周りもやや不安定。特にブラウザ版は顕著なので、安定した状態でプレイしたい場合はPCダウンロード版を強く推奨する。しかし、ブラウザ版ならVTuberとの交流というテーマがより現実味を増す利点があるため、無視できない所もある。なので不安定どんと来いの思いがあるなら、ブラウザ版でプレイしてみていただければと思う。きっと「春樹花にあ」は実在する、との謎の確信を得てしまう……かどうかは分からない。
他にボリュームは1周大よそ40~50分。全エンディングの攻略で1時間半から2時間と、長編ではない。ただ、数々のぶっ飛んだ展開と凝った演出、「春樹花にあ」の圧倒的な存在感もあって、末永くこの世界に浸り続けたい魅力がある内容だ。
前述の通り、VTuberの光と闇を描く場面があるので、VTuberに夢と希望を抱くファンがプレイする際には少し注意が必要。ただ、VTuberをテーマにしたノベルゲームとしては秀逸な出来で、ミステリー作品としても独特な魅力……という名の不穏さがある。少し変わった雰囲気のノベルゲームを求めている、VTuberの深淵に迫ってみたい人なら、おすすめしたい作品だ。あまりVTuberの事に詳しくない、淡い程度の興味しかない人も楽しめるはずだ。本作を機に昨今賑わいを見せるVTuberの世界を覗いてみよう。
そして、本格的に興味をお持ちになった暁には、もぐらゲームスの姉妹誌にして、VTuberの最新ニュースを報じているMoguLiveをチェック!(露骨な宣伝)
[基本情報]
タイトル:『お前のスパチャで世界を救え』
作者:みそ(misosio)
クリア時間:40~60分(完全攻略時:1時間半~2時間)
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格:無料
※ダウンロードはこちら(ブラウザ版あり)
https://novelgame.jp/games/show/3826