そこには”みんな”が待っていた。ほのぼのホラーアドベンチャー『町とわたしとサーカスと』
小さな町で暮らす9歳の女の子「ソフィラ」。ある日、ソフィラは町で開催される「サーカス」を観に行くことになった。ソフィラは何となく気が乗らず、断ろうとしたが、母親の猛烈な反対もあり、半ば強制的に行くことになる。
そして、会場に足を踏み入れて間もなく、ソフィラは猛烈な吐き気に襲われる。あまりにきつかったことから、ソフィラはトイレに向かい、落ち着こうとするのだが、やがて吐き気に押し負けて気絶してしまう。
目覚めると、そこは気絶したトイレの中。だが、会場の電気は消え、入口の扉にも鍵がかけられていた。かくしてひとり、閉じ込められてしまったソフィラは脱出の手がかりを探るため、会場の奥へと足を踏み入れる。
だが、そこには驚くべきサーカスの「住民」たちが待っていたのである……。
不穏なオープニングと共に始まる『町とわたしとサーカスと』は、「ほのぼのホラーアドベンチャー」を謳うWindows PC及びブラウザ向けフリーゲーム。2021年6月よりPCダウンロード版が「ふりーむ!」、ブラウザ版が「ゲームアツマール」にてそれぞれ公開されている。
閉じ込められた会場からの脱出を目指す、探索アドベンチャー
基本的な内容はマップを探索しながら進めていくアドベンチャーゲームとなる。最終目標は閉じ込められたサーカス会場からの脱出。そのために会場の奥、そこから地下に広がる施設を順に巡っていく形となる。
本編の主な舞台となるのは後者の地下施設。ゲームを進めていくとこの奇妙な場所へと辿り着き、以降はソフィラの脱出を手助けしてくれる青年「ピエロ」と一緒に施設内の階層を探索していく展開になる。
階層にはサーカスの「住民」たちがいて、脱出には彼らの協力を得るのが不可欠となる。そのために仕事を手伝ったり、探し物を見つけてあげたりしながら交流を図り、次の階層に繋がる施錠された扉を開けてもらうことを目指す。多少、発生するイベントの差異はあるものの、各階層はこのような流れを基本に進行していく構成になっている。
端的に言えば「おつかい」中心の構成だ。その流れで施設内のマップを歩き回ったり、特殊な課題に挑むという、探索主体のアドベンチャーとしては王道寄りの内容にまとめられている。
だが、前述の通り本作は「ほのぼのホラーアドベンチャー」を謳う作品。その名に相応しい危険も至る所に仕掛けられている。もちろん、迂闊に近づいたり、不用意にいじったりすれば、問答無用でゲームオーバー。さらにセーブも特定の地点でしか行えないため、小まめな記録を心がけないと大きく巻き戻される。
そして、この手のホラーゲームではお約束の逃げるイベントもある。
「ほのぼの」という副詞から、まったりした雰囲気を想像するかもしれないが、その実は素直に信じたプレイヤーの心を蝕むかのごとき作り。演出面でもナチュラルに出血、人体欠損表現があったりと容赦ない。
そもそも、本作の対象年齢は15歳以上対象と公にされている。
これが何を意味するかは大体察せるだろう。そういう作品なのである。
「サーカス」には秘密と恐怖がいっぱい
作品の魅力、見所も15歳以上対象であることが示す通りである。
その点が最も際立っているのはストーリーだ。
だが、初見時の衝撃性を踏まえ、詳しい内容については割愛する。
直接、ゲーム本編をプレイして確かめていただきたい。
さすがにそれでは記事で取り上げる意味も無くなってしまうので、なるべくネタバレしないよう紹介すると、本作のストーリーは事前の印象を覆す要素満載である。
ひとつ挙げると「サーカス」。この単語から連想されるもの、と言えば何だろうか?個性豊かな曲芸師の集団だろうか。もしくは、彼らが見せる驚きに満ちた演目だろうか。白塗りの顔が印象的な「ピエロ」だろうか。
恐らく、そういったイメージを脳裏に描くかもしれない。
実際、「ピエロ」は出てきて、前述の通りソフィラの手助けをしてくれる。
だが、その姿は「サーカス」のイメージからは大きくかけ離れている。そして、その「住民」たち。これもまた然りだ。そもそも意味を踏まえれば「団員」のはず。なのに住民とは?
そこに本作のストーリーに隠された衝撃性が潜んでいる。
あとは何も言うことは無い。直接会って確かめてみるのだ。さすれば本作の事前の印象を覆す理由を思い知らされるはずである。同時にホラーアドベンチャーを謳っている訳も痛感させられるはずだ。「ほのぼの」という副詞が付いている意味にも。
筆者個人の感想としては、奇怪な体験だった。確かに言葉通り、ホラーアドベンチャーであり、ほのぼのとしている。不気味な空気なのに安心感があり、危険が近くにあって怖いという、矛盾を含んだ心持ちが全編に渡って持続されるのだ。
そこに現れる戦慄の選択肢。これが本当に己の良心を試すかのようなものになっている。特に初見時はそのような感情が湧き上がりやすい。同時にこのストーリーが何を描こうとしているのか、何を題材にしているのかも垣間見え、思わずゾッとしてしまった次第だ。考えすぎの印象もあるが、その選択肢は誇張抜きに戦慄の極みとしか言い様がないのだ。それを自らが扮している少女「ソフィラ」にやってもらう。なんとおぞましい、これが本作のホラーたる所以かと心が抉られる思いをした次第だ。
その選択肢を交えながら展開されるストーリーも衝撃の展開が続く。取り分け真相が明かされる展開には胸が苦しくなるだろう。また、公にされているのでネタバレしてしまうが、本作のストーリーは3つのエンディングに収束する。そのエンディングも驚くべきものが多く、ベストのものですら「そんな終わり方って……」となること請け合い。逆に一番悪いものは本当にその極致としか言い様がないおぞましいものになっている。正直、15歳以上対象でいいのか、と戸惑ったほどだ。しかし、それがあるからこそ本作のストーリー、及び登場人物たちには強烈な印象と同時に幸せを願う感情が湧き起こる。
長々と一個人の感想を書き連ねてしまったが、それだけ本作ではインパクトのあるストーリーが描かれる。ただ、そのインパクトの度合いは精神的な不快感を抱かせる成分も含むため、相応の心構えが必須となる。
興味を抱いている人でもこれだけは覚えていただきたい。
心をボコボコにされる覚悟を持て。
精神的に疲弊している時は止めろ。
そして、プレイするならば必ず食事を済ませた後にするんだ、と。
念のため、驚かし要素は最小限なので、それが苦手な人には遊びやすい側面もある。だが、逆に精神を蝕む類の要素は多い。
その種の表現が苦手な場合は無理せず、慎重に考えていただきたい。
ストーリーについて語れることは以上だ。
遊ぶ時は精神ダメージ覚悟の上で。様々な余韻を残す怪作
本編のボリュームはエンディングまで大よそ1時間ほど。ただ、全体的に探索、施設に舞台が移行してのイベントの難易度が高く、これに難航すると約2倍の時間を要するかもしれない。全部のエンディングを目指す場合はおよそ3倍だろうか。周回プレイになるため、1周目よりかはそんな長くはかからないはずだ。
難易度に関しては前述の通り、探索と施設のイベントが手強い。特に探索は序盤、会場奥を目指す展開はマップの広さもあって右往左往しやすい。しかも、停電中という設定から視界も制限されているため、調べられる場所などを見落としやすくなっている。
少しずつ奇妙な場所へと繋がっていくおぞましさ、人の気のない会場の雰囲気を表現する意図でこうしたのかもしれないが、さすがに無駄に時間がかかりやすいのは厳しい。奥地まで導く過程は、もっと強力に誘導しても良かったのでは。作中屈指の見所である本番が始まるまでが遅い構成には若干、疑問を抱いてしまった次第だ。
施設のマップは広さも丁度よく、探索中のストレスがないだけに、余計に惜しい。相応に施設はイベントの難易度が高めで、若干の初見殺しもあるが。ただ、設定的には許容範囲に収まっている。
他にグラフィックも好みの範疇になるが、出血及び身体欠損表現は全体的に簡略化されているとは言え生々しい。一部、嫌な想像を脳裏に巡らせる演出もあるので、苦手な人は注意して欲しい。音楽、効果音もホラーが題材の作品だけに雰囲気重視。ただ、その使い方は題材のツボを押さえていて、雰囲気の引き立てに貢献している。特に音楽は少しくぐもった曲調なのが秀逸。全て独自に制作された楽曲であるのもこだわっていて、雰囲気作りへの本気を実感させられるはずだ。
若干、探索と難易度周りに粗はあるが、「ほのぼのホラーアドベンチャー」を謳うなりにその雰囲気は非常に独特。ストーリーも正直、かなり人を選ぶ内容ではあるが、相応に強烈な印象を残すものに完成されている。「サーカス」の会場を舞台に繰り広げられる、あらゆる前提を覆す衝撃の展開目白押しの本作。繰り返しになるが、かなり人を選ぶ。だが、たとえ不快感を抱いたとしてもその内容を確かめてみたいなら、突撃いただきたい。
紛れもない怪作。そして、色々な余韻を残す記憶に残る一品だ。
[基本情報]
タイトル:『町とわたしとサーカスと』
作者:めここのこ
クリア時間:1~2時間(※エンド数:3)
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格:無料
備考:15歳以上対象(出血、人体欠損、人肉食描写あり)
※ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/25902
※プレイはこちら(ブラウザ版)
https://game.nicovideo.jp/atsumaru/games/gm20887