深夜にだけ営業する、小さなラーメン屋台に集う者たちの癒しと救いの物語。対話型ADV『深夜のラーメン』

アドベンチャー,インディーゲーム

気温が冷え込んでくる季節になるほど、無性に食べたくなるラーメン。

特にそのような季節において、夜の時間帯に食べるラーメンというものは格別である。とりわけ近年、減少傾向にある「ラーメン屋台」のラーメンは、その環境的な特徴と夜という時間帯特有の雰囲気、気温も相まって唯一無二とも言える味わいがある。

それが深夜であれば尚更味わい深くなるというのは、実際に経験のある人ほど頷いてしまうのではないだろうか。

そんな深夜帯、具体的には23時以降になってから開店し、明け方まで営業し続ける不思議なラーメン屋台を描いたゲームが2024年7月24日、Steamで販売開始となった。

その名も読んで字のごとくの『深夜のラーメン』である。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』『コーヒートーク』に着想を得た対話型アドベンチャーゲーム

新時代、人は皆、尽きることのない課題を抱えている。
仕事、社会的な責任、人付き合い、家庭のこと。

そんな日々の深夜帯に限って営業する、小さなラーメン屋台があった。

オープニングストーリーも語るように、本作の舞台となるのは深夜にだけ営業する不思議なラーメン屋台である。

プレイヤーはこの屋台を営む年老いた店長と、見習いスタッフである17歳の女性「ほむら」の視点に立ち、屋台へと訪れる客にラーメンをふるまっていく、というのが主な内容となる。

本編は「第〇夜」と称されたエピソードを順に追っていく形で進行。登場人物たちの会話などを読み進め、その過程でお客からラーメンの注文が入ったら、実際に作って出していくというのがエピソードごとの基本の流れとなる。

(以降はキーボード+マウス操作を前提としたものになる)ラーメンの作り方は単純で、麺やネギ、チャーシューといったさまざまな食材をドラッグ&ドロップし、調理場に置かれた器具やお椀などの食器へと移動。麺ならお湯で茹でる、ネギやチャーシューなどのトッピング系はお椀に盛るといった工程を通し、一杯のラーメンを作り上げる感じだ。

作れるラーメンは7種類あるが、その完成形と必要な食材、スープの組み合わせを知りたい場合は、調理場に置かれた「レシピ」を参照すればいい。

客が求めているラーメンの情報も、調理場画面の左上に常時表示されるため、覚える必要もない。また、制限時間は設けられておらず、レシピの確認も何度も可能だ。なので、個々のペースで自由にラーメンを作れる設計となっている。

客が注文したラーメン、そしてサイドメニューや飲み物などが揃って完成したら、あとは調理場画面右上の「出す」というプレートが添えられた「本坪鈴」(?)をクリック。そうすることで客にラーメンが出され、その後は会話主体のパートが始まるという流れに移る。

最終的にその日(夜)のうちに訪れる客すべての注文に応じ、会話を読み終えればエピソード終了。そのまま次のエピソードが始まり、再び会話とラーメン作りをするということの繰り返しだ。本作の構成はこのような感じになっている。

ゲームデザインとストーリーの表現法から、インディーゲームに慣れ親しんでいるプレイヤーはVA-11 Hall-A ヴァルハラ』、『コーヒートーク』が脳裏を過るかもしれないが、概ねそんな感じである。身も蓋もないことを言えば、それらのラーメン版である

事実、本作を開発したCointinue Gamesは、前述した2作から着想を得たことを公言しており、Steamのストアページにも堂々と記載されている。なので、ジャンルとしては対話型アドベンチャーゲームといった感じである。

ただ、本作はストーリー重視の作風で、屋台を営む店長と見習い、そして客たちの会話やエピソードを読んで味わうことを主としている。かと言って、最後までストーリーを追うことに徹する訳ではなく、途中、提供するラーメンに応じた分岐も発生。その辺は『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』、『コーヒートーク』に着想を得た作品らしさが現れている。

「腹が減る……」(そして、意外な設定と涙腺を刺激する展開目白押しのストーリー)

そんな本作の魅力だが……腹が減ることである。

具体的には、無性にラーメンが食べたくなってくる。
ラーメン屋に足を運びたい衝動が生まれる程度に。

作中で作ることになるラーメンのビジュアルはコミック調で、本物さながらのリアルなものではない。また、7種類あるラーメンも、トッピングなどで個性が強く現れていることもあって、一般的なラーメンと見比べると違和感を覚えるところもある。

それでも、プレイヤーの食欲を猛烈に刺激してくる。何よりも音。麺を茹でる、餃子を焼く、スープをお椀に入れる、そしてお出ししたラーメンを客が「ズズッ」と音を立てながら食べる。嫌でも思ってしまうはずだ。「食いてぇ……」と。

▲美味しそうに食べられております。

ヘッドフォン装着の上でプレイすれば、それらの音による誘惑は通常の3倍になる。これで本作をタイトルの通り、深夜にプレイすればどんなことになっちゃうのかは……ご想像の通りである。

そんな訳で本作、お腹が空いている時や夜遅くにプレイすると、色々と危険なことになりかねないのでご用心を。念のため、食欲を過剰なまでに刺激させられちゃって悶えに悶えた時の対策として、カップラーメンかコンビニのラーメンを控えておくといいかもしれない。近所にラーメン屋があるなら、出向くのもありだろう。

……ってか、近所にラーメン屋があるとか、羨ましすぎますわな。こちとら、そんな店など影も形もないどころか田んぼやら畑しか見えないド田舎だというのに……って、何を愚痴っているのか。

とにもかくにも、こうした食べ物(料理)をフォーカスにしたなりの刺激を受けやすい作りが魅力のひとつになっている。同じタイプの『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』、『コーヒートーク』はいずれも飲み物で、それもそれで誘惑を受けやすい側面があったが、やはり食べ物の力というものは偉大であり、侮りがたい。そりゃ夜食テロなんて言葉も生まれるし、「米は力だ!」とも言いたくなる。(本作は小麦だが)

食欲にまつわる誘惑以外で、魅力として挙げられるのはストーリーだ。構成や設定などは着想を得た『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』、『コーヒートーク』に近いが、実は意外な設定と世界観が異彩を放つ内容に仕上げられている。

特に世界観に関しては、本編開始間もなく、多くのプレイヤーは違和感を抱くことになるだろう。そもそも、ラーメン屋台と聞いて連想する国はどこか。言うまでもなく日本だろう。

しかし、屋台の常連として訪れる壮年の男性の名前は「サム」。日本国外の人だ。じゃあ、日本が舞台ではないのかと思いきや、その後、近くの会社に勤務するソフトウェアエンジニアの「伊藤大樹」が来客。

さらに続けて女子高生の「小林美結」が来客し、「あ、やっぱり日本か?」となる。だが、「なぜ女子高生がたったひとりでこんな時間帯に……?」との疑問が。

その後にも、日本国外の客として「アドーラ」「グラント」という2人の男女が来るのだが、何やらグラントの様子がおかしい。

この客たちから漂う違和感はなんなのか。それについては、本編序盤のかなり早い段階で明らかになる。詳細は割愛するが、おそらく「そういう世界観のストーリーだったの?」と色んな意味で驚かされるだろう。主人公側の店長、ほむらの2人にもそれにちなんだ設定があり、詳しい話は後々に来客する人物の口から明らかになる。

そして、ストーリーはそれぞれの客たちの悩み、思いなどに深く迫る展開へと入っていく。その内容もまた割愛するが、次々と語られていく各々の思い、そしてそれを乗り越えた先に訪れる運命に目が離せなくなってしまうだろう。

店長とほむらの2人も、中盤に差し掛かる辺りで大きなイベントが発生し、以降はほむらに焦点を当てる形でラーメン屋台の行く末が語られていく。題材自体は定番かつ王道のものなのだが、そのお約束を押さえた演出と展開には止め時を失ってしまうこと確実。人によっては涙腺も刺激させられ、そのままエンディングを迎えた頃には一種の喪失感を味わうことになるだろう。そんなドラマ性の高いストーリーになっているのだ。

規模的には大体4~5時間ほどの中編なのだが、語られる中身が濃いのもあり、物足りなさはほどんど感じさせない。悩みにまつわる話題も普遍的なものが多く、人によっては心を抉られたり、時に勇気をもらえたりもする。そうした趣向を凝らした作りになっているので、終えた頃にはまるでひとつの舞台劇を観終えたような充実感を得られるだろう。

ストーリー重視の作風と前述したように、本編はラーメン作りよりも会話劇が比重を占めていて、若干ノベルゲームに寄っている。そこは賛否が分かれるかもしれないが、エンディング分岐の条件を探るといった謎解き要素はあるので、それなりの手応えは得られるはずだ。(詳細は伏せるが)そこそこ試行錯誤が必要とされるのには、否よりの印象を抱くかもしれないが。

ただ、おそらくは最終的にストーリーの充実感が勝るはずである。そう評してしまうほど、見所の多いものに仕上げられているので、関心を抱いたのなら、ぜひラーメンを作りながら客の話に耳を傾けていっていただきたい。……腹を空かせない程度に。

ちょっと奇妙な描写もあるが、ストーリーの良さで魅了させる良作

ちなみに本作を開発したのは前述の通り、Cointinue Gamesという新興の海外インディーゲーム開発チームだ。それゆえ……と言うと、偏見になってしまうことから大変申し訳ないのだが、あえて言わせていただく。

作中のラーメンにまつわる描写には、日本人の視点から見ると「ん?」と首を傾げてしまう部分が少し散見される。

特にスープをお椀に入れる際、「かえし」を使わないのにはラーメン好き、そして実際に1からラーメンを作った経験がある人なら、強い違和感を覚えるだろう。そもそも、スープ自体が調理場右下に4種類(とんこつ、しょうゆ、みそ、しお)あって、そのまま選んでお椀に入れるだけでいいという仕組みだ。

「いや、ラーメンのスープってそういうものじゃないだろ……?」「みそラーメンのスープって、味噌汁みたいなものじゃないぞ……?」などと思うかもしれないが、ひとまずは本作では「そういうもの」と思っておこう。単純に「かえし」を入れる工程を含めると、操作周りで手間が生じ、テンポが悪くなる懸念を踏まえた判断かもしれない。

スープ以外にも、飲み物が「スパークリングワイン」「日本酒(酒器とお猪口付き)」と、やたら充実しているのにも、ラーメン屋台を知る人は首を傾げてしまうかもしれない。

そのような箇所もあるが、ストーリーへの集中を殺ぐほどではないのでご安心を。日本語翻訳も一部、脱字があったりはするが全体としては違和感皆無で、それぞれのキャラクターの個性をつかんだ仕上がりだ。

雰囲気たっぷりの音楽と、コミック風のキャラクターデザインおよび、ラーメンのグラフィックも上々の仕上がり。特に音楽はぜひ、ヘッドフォン装着の上で聴くことをオススメする。雰囲気たっぷりな中でストーリーを楽しめるだろう。ただし、食欲を猛烈に刺激する音にはご注意を。

ストーリー重視のため、変なラーメンを作るといったお遊び要素はなく、若干、制約を感じる部分もある。システム面でも、設定の会話表示速度を「早い」にしても「これが標準では?」と言える程度の早さに抑制されてしまうのには引っかかりを覚えるところである。

また、ストーリーにおいても一部、説明の少ない専門用語が使われている場面が散見されるなど、理解の妨げになる箇所もある。ストーリーの規模的にキャラクターたちの掘り下げも最小限で済まされている部分もあり、より深い所まで知りたい思いが高まると、物足りなさを覚えるかもしれない。

しかし、総合的にはストーリーの良さもあって、高い満足感が得られるアドベンチャーゲームに仕上げられている。ラーメン作りを通してストーリーを読み進める部分も、ある意味ではありそうでなかった面白さと珍しさがあるので、その特徴に惹かれたならぜひ、プレイいただきたい良作だ。ただし、繰り返しになるが本当に時間帯によっては強烈に食欲を刺激させられる。そして、ラーメンを食べたくなる衝動に駆られるのでご注意。

……というか、ここまで書いているだけでもラーメンが無性に食べたくなってきた。都内某所の塩ラーメンが恋しい。(まだご健在だろうか……)

[基本情報]
タイトル:『深夜のラーメン』
開発:Cointinue Games
クリア時間:4~5時間
対応プラットフォーム:Windows
価格(税込):1,500円

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