発想力、洞察力への挑戦―謎解きマニアに捧ぐ、abc男氏の脱出ゲームの紹介
「脱出ゲーム」とは?
皆さんは「脱出ゲーム」というジャンルをご存じでしょうか?
基本はこうです。プレイヤーは何らかの経緯で、見知らぬ部屋(屋敷)に閉じ込められることになる。部屋には出口があるが、鍵がかかっていて開かない。プレイヤーは部屋(屋敷)の中のあらゆる物を調べ、アイテムを集め、謎を解いていき、最終的に出口を開く為の鍵(あるいは暗証番号)を手に入れ、脱出する・・・
この手のゲームは『赤い部屋(Crimson Room)』などのフラッシュゲームなどでお馴染みの人もいるかもしれません。あるいは、RPGツクールで作られた『青鬼』などのホラーゲームを思い浮かべる人もいるでしょう。
さて、今回ご紹介したいのは「えびふろ」というサイトで公開されているabc男氏の脱出ゲームです。この「えびふろ」はabc男氏(元「ABCO」管理人)とななえ氏(元「ねこふろしき」管理人)の二人の作者がコンビで運営しているゲーム公開サイトです。ななえ氏は長年ツクール製のアドベンチャー作品を制作しつづけており、コンパク(※「インターネットコンテストパーク」の略。かつてエンターブレインが主催していた、フリーゲームを主とするユーザ投稿型の大規模なコンテスト)では『いちろ少年忌譚』で銀賞を受賞、最近では小説化も決まっていたりします。
一方で相方のabc男氏の方も、今までに20作以上もの数多くのミニゲームを公開し、過去に『twelve』という作品でコンパク金賞を受賞したこともある、実力派のツクール作品製作者です。abc男氏は『SPIN』や『SYMMETRY』などのパズルゲームを数多く公開する一方で、いわゆる脱出ゲームに相当するジャンルのゲームを多数公開しています。
ななえ氏の『いちろ少年忌譚』。呪われた校舎を探索し、全ての七不思議を解決せよ。
abc男氏の「twelve」。「ヒントのメモを記録できる」「現在時刻がわかる」などの固有能力をもった5人のメンバーを切り替え謎を解いていく。
発想力を試される、abc男氏の脱出ゲーム
では、abc男氏のゲームにはどのような特徴があるのでしょうか。
先述したななえ氏のゲームではホラーやアドベンチャーといった、物語性の強い作品(様々なエンディングを探し当てることに主眼が置かれた作品)が多いのですが、一方でabc男氏の作品ではストーリーや分岐自体は簡素なものが多く、純粋に「謎解き」に特化した作品が多いです。そして、全体的に「難易度が高い」です。
謎解きといっても、いわるゆる理詰めで解く「パズル」というよりは、柔軟な発想力を試される「頭の体操」がジャンルとして近いと思います。また、面クリア型の「パズルゲーム」では、優しい問題から難しい問題へ徐々にシフトし、プレイヤーを慣れさせていくようなレベルデザインが王道です。一方でabc男氏の作品においては、「1つ1つの謎に対して全く違ったアプローチが必要となる」場合が多く、その性質上「優しい問題から難しい問題へ徐々にシフト」という作りにはなっていません。これがabc男氏の作品の難易度が高く感じられる一因になっています。一方で、本当にノーヒントという意地悪な謎解きは全く…いやほとんどありません。ただし、限られた複数の情報から法則の全体像を拡大的に想像する、いわゆる帰納的な謎の解き方が必要になる場面は頻繁に遭遇することになります。クリアの為にはまず固定観念を振り払うこと、思い切った発想の転換が必要となる場面もあるでしょう。
abc男氏の『cashman』より。もちろん、ただこのヒントだけを眺めていても何もわからない。また、ヒントは書かれている内容だけではなく、その文字の配置自体も重要だったりする。
例えばこんな謎解き
氏のゲームに登場する謎解きの雰囲気が掴めるよう、ここで1つ例題を出してみましょう。
まず、あなたは今、部屋A、部屋B、部屋Cの3部屋からなる家に閉じ込められています。
脱出のためには、3種類のパスコードを手に入れ、各装置に入力する必要があります。
以下、各部屋の詳細です。
1.部屋A:5桁の数字(パスコード)を入力するロックのかかったPCがあり、他には「ふ=22 さ=70 す=18 せ=77 ほ=81 む=87 め=57」と書いてあるようなメモがある。
2.部屋B:壁に「すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ」とヒントらしき文字が書かれている。また、出口らしき扉には8桁のパスコードを入力する装置と、それとは別に鍵穴がついている。
3.部屋Cには6桁のパスコードを入力する鍵のかかった金庫と、仲の良さそうな夫婦の写真、そして「この世で一番大事なもの」と書かれたメモが残されています。
さて、部屋A、B、Cにあるパスコードには一体どんな数字を入力すれば良いでしょうか?
(※ちなみに、この例題から直接推理可能なパスコードは3つの内の2つだけです。その2つを当ててみて下さい)
…いかがでしょう。答えは長くなるので記事の最後に載せておきます。
この例題は筆者が氏のゲームに登場する謎かけの真似をしてでっちあげたモノにすぎませんが、ゲーム内に登場する謎かけのおおよその雰囲気を掴む参考になればと思います。
この例題の解き方・答えについては、例え自力で解けたとしても、やや理不尽に感じる方もいるかもしれません。abc男氏のゲームには、このような発想の仕方で解いていく必要のある謎かけが数多く登場します。これは決して、与えられた条件から一意に答えが定まるような「硬い」数学パズルではありません。様々な答えの可能性を発想し、ある程度絞り込みをし、場合によっては多少のトライ&エラーを繰り返す事も必要となる、いわば「柔かい」パズルです。しかし、だからこそ挑戦しがいがある謎である、そう筆者は考えます。
また、謎解きのパターンはもちろんこのようなものだけではなく、見えないところに何か隠されていないか?何かの形が実は数字を表していないか?何か対称性が崩れているものが存在しないか?この形はどこかで見覚えがないか?今聴こえている音に何か違和感はないか?前と比べて何か変化が起こったものはないか?上の部屋、下の部屋には今、何があるのか…?などなど、洞察力を働かせ、あらゆる可能性を考え、あるいは行動する必要があります。
そう、少なくともabc男氏のゲームにはゲームの謎解きに関係のない要素は一切…あるいは、ほとんど含まれていません。あらゆる事物が謎ときのためのヒントとなっているのです。ただし、見つけたヒントは必ずしも今すぐ必要なヒントではないかもしれません。
abc男氏の『ignorance is bliss』より。今意味のわからないヒントは飛ばした方が良いこともある。ただし、最後まで使わないヒントは1つもないと思った方が良い。
まずは挑戦を
いかがでしたでしょうか?
発想力に自信があるという人、作者の意図の裏をかくのが好きな人、知恵比べをしてみたい人、あるいは単純に謎めいた密室を探索する雰囲気を味わいたい人、そんな皆様は今すぐabc男氏の作品に触れ、数々の謎に挑戦してみてください。そこにはきっと、解きがいのある様々な「謎」があなたを待ち受けているはずです。あまりの難しさに挫折する場面もあるかもしれません。しかしそれでもなお再挑戦し、自力で謎が解けた時の快感は、他に代えがたい格別なものとなるでしょう。
次回はabc男氏の脱出ゲームの中で、個人的にオススメな作品を具体的に紹介していきたいと思います。
お楽しみに。
配信サイト:「えびふろ」
http://ef.abc-o.com/
おまけ:例えばこんな謎解き~解答編~
さて、最後に先の例題の答えを解説します。
この例題では6桁、5桁、8桁のそれぞれのパスワードを入力する必要が出てきました。数多く登場した置物やヒントらしき文言は、全てこの三つのパスワードのどれかに繋がっています。
まず最初に思いつくのは「ふ=22 さ=70 す=18 せ=77 ほ=81 む=87 め=57」のヒントをつかい、ひらがなを数字に変換することでしょうか。しかし、部屋Bのヒント“すみのえの…“の一文字目「す=18」は良いとして、「み」はいくつなのでしょう?例えばここで、「そうだ、あいうえおの50音表を作ってひらがなを数字に当てはめれば、残りのひらがなを数字に変換する規則がわかるかも…!」などと考えだした日には、貴方の思考は泥沼への第一歩を踏み出しています。
ここは一旦冷静になりましょう。もし“すみのえの…“の文言を全部数字にしたところで、それを一体どうするのでしょうか?1文字2桁と考えると、全部で31桁もの長い長い数字の羅列ができあがるだけです。そして今必要と思われるパスコードは、せいぜい8桁以下です。ならば出てきた2桁の数字をさらに全部足す…?いえいえ、考えすぎです。この場合、どこにもそんなことを示唆するヒントはありません。
発想を変えて、もう少し単純に考えましょう。「すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ」これはいわゆる短歌、つまり文字数が「5・7・5・7・7」で構成されている文です。そう、これだけでヒントの文章そのものを5桁の数字に変換ことができたわけです。つまり、「57577」こそが部屋AにあるPCの5桁のパスコードの答えである可能性が非常に高いです。
さてさて、PCに5桁のパスコードを入力すると、果たして画面に8桁の数字が現れました。8桁の数字…つまり、桁数から考えると、これは部屋Bにある8桁のパスコードの答えである可能性が非常に高いです。
さて、これで残る謎は部屋Cにある6桁のパスコードです。ここでまだ使用していないヒントは、そう、「ふ=22 さ=70 す=18 せ=77 ほ=81 む=87 め=57」です。そして仲の良さそうな夫婦の写真の下にある「この世で一番大事なもの」というヒント。人間にとって「この世で一番大事なもの」はお金とか命とかいろいろあると思いますが、ヒントが限定されたこの状況から「この世で一番大事なもの」とは6桁の数字であらわせる、つまり恐らくは3文字のひらがなで表せる何かであることが推察されます。そして、恐らくそれは「ふ」「さ」「す」「せ」「ほ」「む」「め」の7文字を使って作れる言葉である可能性が高いでしょう。(何故なら、数字に変換できることが判明している文字は、今その7文字だけであるからです)
そして「仲の良さそうな夫婦の写真」が飾ってある事実を鑑みれば、おのずと答えは想像がつきます。そう、恐らくは「むすめ」です。「む」「す」「め」を例のヒントにしたがって数字に変換すると、「87」「70」「57」。したがって、この「877057」こそが6桁のパスコードの答えであろうと推察できるというわけです。