見知らぬ世界で生きるため戦う「普通の少女達」。苛酷さの中での軋轢も絆も描ききった長編フリゲRPG『絶界アビスシンカー』
今回紹介する『絶界アビスシンカー』は、2021年に全3章構成の1章が公開されたフリーゲームのRPGだ。翌2022年に第2章、そして2023年に最終章が公開されストーリーが完結した。数年がかりでの完成にふさわしいボリュームを誇り、公称プレイ時間は60時間ほど。苛酷な世界を生き抜く少女達の物語を描くシナリオと、それを数多くのボス戦などで演出するゲームプレイの両面において作り込まれた作品となっている。
現代日本から見知らぬ場所へ飛ばされた少女達のサバイバル
本作の主な登場人物は、現代日本の高校生の少女達。校外学習中に突如、見知らぬ場所へと飛ばされた彼女達は、生き延びるため洞窟のような閉塞空間を下層へと探索していく。彼女達はなぜか魔法の力に覚醒しており、それによって辛うじて魔物が闊歩する空間を探索できるのだが、この力は何なのか、どうすれば元の日本に戻れるのかなどわからないことだらけ。根本的な解決は見出せないまま、水場の水が尽きる前に次の水場を確保できないと死ぬというシンプルかつ切実な事情により前進するしかない……というのが序盤の展開だ。
魔法の力を得たといっても、魔物に対抗できるような戦闘向きの能力を持ち「探索隊」として最前線に立てるのは一部だけ。そもそもメンタル自体はあくまで「日本で暮らしていた普通の高校生」のそれでしかなく、そんな彼女達が苛酷なサバイバルに身を投じることになればどうなるかが、リアリティをもって描かれていく。
しかもこの事態に巻き込まれた高校は2つあり、サバイバルで疲弊していく中で高校間の軋轢まで発生。あるキャラクター達の身勝手で行き当たりばったり、幼稚とすら言える行動の連鎖により事態が悪化していくような場面もあるのだが、果たしてこの極限状況で自分を第一に考える当事者達を責めることができるのか。そんなやるせなさすら感じるような展開も、色々な意味で見どころになっている。
もちろん、ただ鬱屈とした展開が続くのではなく、こんな世界だからこそより尊く感じられる善性や絆が描かれるのも大きな見どころだ。また物語が進むと、少しずつ状況打開への希望や、この世界が何なのかも見えてくる。情報の出し方も巧みで、一つの謎が解消されたと思いきやそこから連なるように新たな謎が……と常に先が気になるようになっていて、数十時間にわたるプレイにおいて中だるみを感じさせない。
ネタバレになるため多くは語れないが、物語や世界観のスケールも、「閉塞空間での少女達のサバイバル」という序盤の内容から徐々に拡がっていく。忘れるくらい前に撒かれた伏線が絶妙なタイミングで回収されるといった、長編作品ならではの面白さも。とはいえ、どれだけ話のスケールが大きくなっても、その中心に居るのが少女達なのは変わらない。生き抜くため、能力的にも精神的にも成長していく彼女達の姿に胸を打たれる作品に仕上がっている。
“戦力を見通せない敵と対峙する手探り感”をとことん味わえるボス戦の数々
本作の基本的な流れは、一つの階層ごとに雰囲気ががらっと変わるダンジョンを攻略しながら物語が進んでいくというもの。戦闘はコマンド選択型で、その際に使用するスキルはキャラクターごとのスキルツリーで習得していく方式だ。魔法などのほか、そのキャラが扱える武器種に応じたスキルも存在する。スキル習得には専用のポイントやアイテムを使用するが、スキルツリーは探索の拠点にてノーコストでリセットが可能。2種類の武器種を扱えるキャラも居るため、武器選びや習得スキルの選択がカスタマイズ要素となっている。
作品自体のボリュームの多さもあって、RPGの華とも言えるボス戦も多数用意されている。一つ一つのボスも能力やギミックなどが練られており攻略しがいがあるのだが、加えて本作の特徴的な仕様および調整として、「敵のHPが非表示」「とくに中盤以降、ボスのHPが高め」というのが挙げられる。
最近のRPGだと、敵のHPが表示されない作品の方が少ないくらいの印象だが、本作では非表示。残りHPに応じて名前表示の色が変わるといった仕組みすらなく、システム上では倒すその瞬間まで、あとどのくらいで倒せるのか把握する手段はない。一部のボス戦では途中で会話が発生し、これによりある程度の手応えを感じられる程度だ。いまどきなかなかハードな仕様ではある。
この仕様に敵HPの高さが相まって、本作のボス戦は「今の力でボスを倒しきれるのか」の見通しがそこそこ難しい。これが狙った作りなのかはわからないし(同作者の次回作では敵にHPバーがつく模様)、遊びやすさの面では賛否両論あるかもしれないが、結果的に戦力を見通せない敵と対峙する手探り感は格別。「そろそろか?まだなのか?……やっと倒せたー!」という開放感まじりの達成感は、この作りならではなのは間違いない。
また、これはどの程度レベルを上げてボスに挑むかにも左右されるだろうが(筆者は比較的低レベル進行派)この作りによって長期戦になるからといってダレることはない……というか、ダレる暇もないほど敵の攻撃は激しめ。ヒーラーだけでは足りず回復アイテムも惜しまず投入するような、文字通りの総力戦となりがちだ。一方でボスによっては何かしら“隙”があり、それを見つけて突くことによってかなり有利に進められるなど、試行錯誤で倒しやすさががらっと変わるような調整が見られるのも面白い。
このように本作は、「歯応えのあるボス戦が好き」「ボス戦をいっぱいやりたい!」という人にもお勧めしたい作品となっている。一方で主に物語を楽しみたいという場合は、通常難易度より敵が弱体化する難易度「イージー」も用意されている。難易度は任意のタイミングで変更できるので、どうしても倒せないボスだけイージーで、といった進め方も可能だ。
装備品ドロップと弱点属性の明示で雑魚戦も楽しい
「ボス戦が凝っていて面白い」というのは多くのRPGで力を入れているところだとは思うが、本作ではそれに加えて「雑魚戦もしっかり面白い」のもポイントと言えるだろう。まず最大の特徴として、本作では宝箱から装備品が出てくることがほとんどない。その代わり多くの敵が武器や防具といった装備品を確率でドロップする。敵から得られる武器や防具などはその時点で買える店売り品と比べて性能に尖った部分があったり、シンプルに格上の性能だったりする。これによって雑魚戦に、経験値などを稼ぐだけでなく装備品ドロップワンチャン狙いという楽しさが加わっている。
どうしても運が絡むのでこればかりを当てにするのは難しいが、店売り品で必要十分な品質は確保できるようになっている上で、プラスアルファの強化を期待できる要素と言える。とくに複数の武器種を扱えるキャラについては、「せっかくいい武器が出たので武器種を変えてみる」といった導線にもなっており、プレイにちょっとしたアクセントを加えてくれるだろう。
また、雑魚敵との戦い自体をより楽しめるような調整も。本作の攻撃には斬・突・打といった武器種ごとの属性や、火・水・風といった魔法属性が設定されており、敵には弱点属性や耐性属性が設定されている。これ自体はよくある要素だが、本作の雑魚戦ではスキル使用時などに敵をターゲティングするだけで、弱点・耐性属性が明示される。弱点を突いたときのダメージボーナスも比較的高めだ。雑魚敵の弱点を覚えたり、別画面を出して確認するといった手間もなく、サクサクと効率よく敵を倒していけるのは思いのほか爽快。一方、ボス戦では基本的に敵の弱点・耐性属性は伏せられており、試行錯誤で探る形になるというように、明確にバトルデザインが分けられている。
そのほか戦闘に関する要素としては、物語の進行に応じてパーティメンバーが入れ替わっていくのもポイントで、そのたびにパーティとしての戦い方が変わるので新鮮に楽しめる。さらには戦闘BGMも多数用意されており、とくにボス戦曲はシチュエーションごとに統一感のある選曲がされるなど、世界観や物語の演出にも一役買っていると言えそうだ。多くは既存の素材曲で、そのセレクトもばっちりハマったものとなっているが、加えて一部には本作オリジナルBGMも用意されている。
長編ならではの作り込みで、少女達の戦いを描ききった良作
ここまで物語と戦闘にフォーカスして紹介してきたが、ダンジョンもなかなかのボリュームかつ階層によっては独自の仕掛けもあったり、拠点でできることもゲームを進めるたびに増えていくなど、長編RPGとしての作り込みの深さはゲーム全体にわたって感じられる。グラフィック面も多数のキャラクターの立ち絵が用意されているほか、戦闘でコマンド選択時に表示されるイラストは戦闘中の立ち振る舞いをイメージさせ、キャラクターの魅力を大いに引き立ててくれている。
長編だからこそ描ける構成のもと、次々と訪れる絶望や試練に立ち向かっていく少女達を描ききった物語と、その戦いをプレイヤーとして体験するためのゲームデザイン。この両面を質と量いずれも高い水準でまとめ上げ、作品世界に浸らせてくれる大作にして良作として完成されている。RPGが好きな人、とくにじっくりやり込めるゲームを求めている人には強くお勧めしたい長編作品だ。
[基本情報]
タイトル:絶界アビスシンカー
制作者:スシ氏
対応環境:Windows、ブラウザ
価格:無料
ダウンロードはこちらから
https://www.freem.ne.jp/win/game/25971
ブラウザプレイはこちらから
https://plicy.net/GamePlay/146638