創作を愛する高校生のひと夏の青春、合作の現実を克明に描いた力作『僕らのノベルゲーム』
漫画に小説、ゲームなど、この世に存在しない”何か”を生み出す「創作」には2つの制作スタイルがある。ひとつは個人制作。言葉通り、ひとりで制作の全工程を担い、作品を完成させることである。もうひとつが合作。またの言い方で共同制作、チーム制作。複数人がそれぞれ異なる担当箇所を手掛け、作品を作り上げることだ。
ゲームの場合は主に後者のスタイルで作り上げる印象が強い。それは家庭用機向けに提供される企業製タイトルの制作スタイルが基本、それであることに影響している。しかし、家庭用機以外に目を広げれば、個人が作り上げたタイトルも相当数に及ぶ。
現代ではインディーゲームの台頭と隆盛、ゲーム制作ツールの充実もあり、家庭用機でもその種のタイトルがよく見られるようになったほか、企業に属さない少人数のクリエイター、学生がチームを組んで、ゲームを作り上げる事例も多々出ている。
そんな少人数チームを組んでのゲーム作りに挑んだ高校生たちの青春を描いた作品がこれより紹介する『僕らのノベルゲーム』だ。タイトル通りだが、彼らが作るのはノベルゲーム。それも将来的な部活動廃部の危機を覆すための挑戦という、興味深い設定になっている。
文芸部の今後を賭け、ノベルゲーム作りに挑んだ高校生たちの物語
海沿いの街に建つ「海栄高校(かいえいこうこう)」。実に700人もの生徒が在籍するこの学校には、野球にサッカーなどのメジャーどころから、オカルト研究と言ったマイナーどころまで、実に多種多様な部活動があった。
そんな中で文芸部は特に部員の少ない部活動のひとつで、基本、週1回しか活動していなかった。そのユルい雰囲気に惹かれて、毎年数人の新入生が入部してきたのだが、ここ数年は風向きが悪く、今年度はひとりも新入生が入部しないという、惨憺たる結果に終わってしまった。
現在の部員は2年生が4人、3年生が1人の僅か5人。その内、3年生で部長の古賀遥(こが はるか)は春に卒業するため、来年度には4人になってしまう。そして、その4人も来年度には3年生に進級するため、仮にまた新入生がひとりも入部しないことにでもなれば、所属部員はゼロになり、廃部が確定する。
まさに存続の危機に瀕した文芸部だが、主人公の樋口新平(ひぐち しんぺい)を始め、部員たちは小説を書くなりして普段通り部室で活動し、他愛のない会話を繰り広げていた。そんな中、他の部活動への応援に行っていた部員のひとり”タツ”こと大峯達志(おおみね たつし)が部室内にやってきて、突拍子もなくこんな提案をした。
「皆でノベルゲームを作らないか?」……と。
その目的は文芸部の新入生を増やすため、次の文化祭で注目を集めるためだと、タツは部室内にいる新平と篠崎美央(しのざき みお)、谷口香織(たにぐち かおり)に向けて力説する。ゲーム制作という、あまりにも突飛な話に戸惑う3人。
なぜ、そのようなアイディアを出したのか?理由は他校の文芸部所属の女子高生たちがスマートフォンで遊べるノベルゲームを作り、文化祭でお披露目したことにあった。
そのノベルゲームはストーリーを読み進める際、学校内にある幾つかのチェックポイントを巡ることが必要とされる「ノベルラリー形式」を採用しており、リアルとバーチャルが絡み合うアイディアの革新性から、新聞記事に取り上げられるほど大きな話題になったのだ。
タツはこれをリスペクトしたものを自分たちも作ろうと思い立ち、3人に提案したのである。そして、半ば強引に話は進み、部員それぞれでストーリーのアイディアを考えることになった。
この突然の出来事に新平は内心、興奮していた。彼はハンドルネーム「SHIN」としてインターネット上で活動している、フリーノベルゲームの作者だったのだ。これまで個人でヒッソリ作ってきた彼にとって、皆でゲームを作り上げる合作に初めて取り組める今回の話はまさに僥倖で、喜々としてアイディアの構想に取り組む。そして翌日、彼のアイディアは採用。部長の遥からもノベルゲーム制作の企画が承認され、制作作業は本格化。文化祭に向けた慌ただしい日々が始まるのだった。
多少端折ったが、以上がストーリー冒頭のあらましとなる。
ゲームに関しては、1本道構成のノベルゲーム。選択肢によるストーリー展開の変化と言った分岐要素は皆無で、純粋にストーリーを読み進めることに特化した内容になっている。そのため、システム面にもこれと言って特徴的なものはない。
強いて言うならば、主人公がフリーノベルゲームの作者兼愛好家という設定を踏まえた、台詞の節々に登場する専門用語の詳細を確かめられる解説機能が備わっていることぐらいだ。主に青く記された文字(用語)をクリックすると、その意味を詳しく確かめられるようになっている。
また本編は主人公新平の視点で、6月中旬から10月上旬の3ヶ月間に及ぶ活動模様を描く形で展開していく。来たる文化祭に向け、彼らはどのような日々を送り、協力し合いながらゲームを形にしていくのか。
それがストーリーのキモであり、大きな見所となっている。
合作の難しさを克明に描いて紡ぐ、見所とエグ味満載の後半
ただ、このストーリーにおける真の見所は驚くべき現実味の強さである。
学生たちが文化祭に向け、ゲームを制作する。なんだかとても楽しそう。部員が男女5人となればラブコメ的な展開もありそう。甘酸っぱい青春が描かれそう。そんな具合に冒頭のストーリーから本編の展開を想像したかもしれない。
一応、その想像は概ね合っている。取り分け序盤、ゲーム制作を始めて間もない頃は時折、意見の衝突が起きたりすることはあれど、仲睦まじく、楽しそうな雰囲気が維持され、時々タメになるお話も聞けたりしながらストーリーが展開していく。
主要登場人物たちも主人公の新平を始め、個性の強い面々が揃っており、中でもお調子者なタツと新平のやり取り、辛辣な意見を飛ばすところはあれど、どこか憎めない雰囲気を持った香織の振る舞いは、微笑ましい気持ちを抱くかもしれない。
だがこのストーリー、終盤に差し掛かるに当たって”現実”を見せてくるのである。
具体的には合作の難しさだ。大体、想像が付く通りだが、個人の制作と違って合作の場合は異なる価値観を持つ人間が集って1つの作品を作り上げていくことになるので、どうしても意見の対立というものが起きてしまう。実際、序盤でもそれは起き、空気が張り詰める瞬間があるのだが、終盤に差し掛かるに当たって起きる”それ”は程度が違う。思わず気持ちが押し潰され、心を抉られるかのような深刻な事態に陥るのだ。
どんな展開かの詳細は伏せるが、ある意味、学生という設定(身分)ゆえに起こりかねない説得力の高さと、現実でも本当にあり得るのではとの気持ちにさせられる、非常に重苦しいものになっている。特に主人公の新平がこの展開で起こす行動や発言の数々には、大いに心を揺さぶられるだろう。人によっては、彼を静止させたくなる衝動にも駆られるかもしれない。
また前述の通り、主人公の新平はフリーノベルゲームの作者、個人のゲーム制作を経験してきた人物だ。彼がゲームを作るその原動力はズバリ、創作が好きであることに起因するのだが、一連の展開ではその思いが本物なのか否か問いかけてくる場面もある。実際にゲーム制作を経験したことのある人なら、思わず胸の辺りがズキズキしだすかもしれない。
制作経験者だけではない。ゲームを遊び、感想などを通して伝える人、そしてゲーム以外の創作を楽しむ人に対する問いかけもこの展開に入り込んでくる。その中には感情を逆撫でさせるものもあり、場合によっては拳が出そうになるほどだ。同時にそういう意見があるのも不思議ではない、だが安易に口に出したり、言葉にしたりしてはいけないとの思いにも襲われるだろう。
正直な所、筆者はこの一連の展開で胸を締め付けられそうな思いになった。合作がいかに難しいことなのか、それを成し遂げている人たちがいかに凄いのか、そして遊ぶ側と伝える側の心構えとは……と、色んな事柄が雪崩のように流れ込んでくる感じだった。実際に創作を楽しんでいたり、経験した人はこの比ではないだろうと考えてしまうほど、この”現実”を見せつける展開は圧巻の仕上がりになっているのだ。あまりにも違和感がない。登場人物たちの台詞に偽りがない。最終的な到達点もそうなりかねない。全てにおいて、現実味が詰まった場面になっているのだ。それゆえに心も抉られる。
だが、断じて一連の展開が難点であるという訳ではない。非常に見応えがあって目が離せず、強烈な印象と余韻を残すものに完成されている。そして、それを乗り越えた先の展開とエンディングも心を大いに揺さぶるものになっている。
なぜ、人は創作を楽しむのか。その原動力は何であり、どこにあるのか。そして、合作というものは何を遺すのか。途中、苦しい展開こそあれど、ぜひ一瞬たりとも見逃さず注目いただきたい。全てが終わった後には、ゲーム制作及び創作の尊さ、それを遊ぶこと、伝えることの大切さを考えさせられるはずだ。
ただ、若干気になったことを言及すると、本編開始からオープニングデモ挿入までの間隔はやや長い印象が否めなかった。また、主人公の新平を奮起させるサブキャラクターがいるのだが、彼に立ち絵が用意されていなかったのは惜しい。サブキャラクターの中では抜群の存在感があっただけに、できれば用意して欲しかったところだ。
創作する人から遊ぶ人の心に訴えかける、現実味溢れる力作
ストーリーのボリュームは大よそ3~4時間程度。全体的に長すぎず、短すぎずの適度な規模に収まっている。構成も終盤の展開が異彩を放っているが、その前も意見の対立、作中唯一のヒール役に当たる人物の登場とそれによる空気の一変など、緩急を付けたまとめ方が光る仕上がりになっている。
演出周りも該当する場面ではそれに見合った楽曲を流すなど、相応の空気を作り出す工夫が凝らされている。キャラクターの立ち絵も幾つかのパターンが用意されているほか、場面によっては小刻みに動くなど、躍動感を加える作り込みが図られているのが印象的だ。中でも女性陣のひとり、香織はその良さが最も現れているので要注目である。
他に台詞を始めとするテキストも読みやすいほか、漢字によってはルビを振っていたりと細かく配慮されている。専門用語解説機能も、台詞とは対照的に長文で書かれていたりと、主人公のフリーノベルゲーム作者兼愛好家の一面が見え隠れするまとめ方になっていて、ちょっとしたこだわりを感じさせられる。
どこか楽しそうな雰囲気を漂わせつつも、現実味のある展開や台詞も多く、ゲームに限らず何らかの創作を経験したり、触れたりした人の心に訴えかける要素が詰まった本作。ストーリー特化型のため、ゲーム面での見所は無いに等しいが、あえてそうしたなりの本気が込められた力作に完成されている。純粋に青春ドラマとしても見応えのある内容になっているので、そう言った題材が好きな人も読んでみて欲しい作品だ。部活動の存続をかけたノベルゲーム制作はどのような形で実を結び、そして制作に参加した人たちを変えるのか。心苦しい場面もあるが、ぜひ一瞬たりとも見逃さず、最後まで読み終えてみて欲しい。
きっと、創作に関して様々な思いが頭の中を巡るはず。
[基本情報]
タイトル:『僕らのノベルゲーム』
作者:九州壇氏
読了時間:3~4時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格:無料
ダウンロードとプレイはこちら
※ノベルゲームコレクション(ブラウザ版あり)
https://novelgame.jp/games/show/3620
※ふりーむ!(ブラウザ版のみ)
https://www.freem.ne.jp/win/game/25259