某名作を強烈に意識しつつ、その印象を180度ひっくり返すカオスなストーリーが見所のSFサウンドノベル『神無迷路』

アドベンチャー,インディーゲーム

上記、スクリーンショットは今回ピックアップする『神無迷路(かんなめいろ)』のワンシーンである。

このテキストメッセージの表示と複数ある選択肢、キャラクターたちの表現方法を見て、おそらく1990年代からゲームに慣れ親しんでいるプレイヤーほど、突然、切り傷ができたかのような感覚に襲われたかと思われる。もしくは、時計が深夜12時を指しているかどうかを衝動的に確認してしまったかもしれない。

大体お察しの通り、本作はその感覚を呼び覚ます某名作にインスパイアされている。むしろ、キャラクターたちの表現手法からしてまんまだ。ところが、実際はそう見せかけた別物という、色んな意味で意表を突く作品に仕上げられている。

浪人生の主人公になり、予期せぬ事態と運命の打開に挑むSFサウンドノベル

意表を突く実態は後々掘り下げるとして、まずは概略を。

本作『神無迷路』は2024年5月15日より、PCゲーム配信プラットフォーム「Steam」で販売中のサウンドノベルゲームだ。8月8日からはNintendo Switch版の販売も開始されている。

内容としてはテキストメッセージを読み進め、その途中に現れる選択肢を選びながら、以降に起きる様々なストーリーの展開を追体験していくというものとなる。サウンドノベルゲームとしては定番中の定番を踏襲した内容だ。

本編において、プレイヤーの分身となる主人公は「波立良志(はりゅう りょうし)」という、都内の有名大学の受験に3回連続で失敗している21歳の浪人生。長引く浪人生活と、実家の両親との確執の影響もあって貧困にも喘いでいる彼は、今後の生活費と受験費を調達するため、「利根地下総合科学研究所」なる研究所のアルバイトへと応募した。

研究所の募集要項によれば、報酬は60万円。仕事内容は国家プロジェクトの科学実験への協力で、3日ほど拘束されるという。なんとも美味い話がすぎるこのアルバイトに参加した彼は、群馬県の山奥にある「合土駅(あいどえき)」へと訪れる。この駅は5年前に突如閉鎖された上越線間の廃駅で、研究所はその地下に建造されているという。

良志は、駅に向かう途上で出会った「霜月時雨(しもづき しう)」と共に現地に到着。そこには数名の参加者が既に待機していたのだが、どういう訳かそこに9年前、亡くなったはずの幼なじみ「小酒井澪(こさかい みお)」の姿があった。

なぜ澪が生きているのか?そもそも、これから参加する実験とはいかなるものなのか?さまざまな謎が付きまとう中で、良志と参加者たちは研究所へと向かう。そんなオープニングを経て、本作のストーリーは幕を開ける。

最終的な目標は、3日間の仕事の完遂となる。しかし、その途上で良志はさまざまなトラブルに遭遇し、予期せぬ事態に直面してしまう。そして以降、その事態と“運命”の打開に挑んでいくことになるのだ。

ボカしながらの紹介になったが、要は本作、周回前提のサウンドノベルゲームということである。システム周りにもそれを踏まえた「フローチャート」を用意。前述した予期せぬ事態に直面して以降は、チャート上の至る所に設けられた「ノード」へとジャンプし、事態の打開とその先に待ち受ける運命の体験に身を投じていく形になる。

別の言い方をすれば、前回のプレイで除外した選択肢を選んでいくということだ。

なお、選択肢には初回プレイの時点で選べるもののほか、ロックがかけられて選ぶことができない特殊なタイプが存在。この特殊な選択肢は、いくつかの運命の先にあるエンディングで「心印」と称された鍵を手に入れることによって選択可能になる。ただし、中には心印が手に入らずに終わるエンディングも一部存在。

よって、フローチャートの活用が本格化してからは、そんな選択肢のロックを解除するための心印を探すことも、事態と運命の打開に並ぶ大きな目的になる。それを繰り返すことにより、本作は真なるエンディングへと繋がる道が開かれていくのだ。

見た目が某名作をオマージュしていることから、ミステリー・サスペンス系の内容、厳密には閉鎖空間内を舞台にした「クローズド・サークル」のストーリーを想像したかもしれない。その種の要素もなくはないのだが、実際はSF色が極めて強め。

さながらストーリーという名の迷宮を探索し、解明することをキモにしたサウンドノベルとも言える内容に仕上げられている。

……なんだか少女が現世の果てで恋を唄うかのようだが、概ねそんな感じである。

カオスを極めつつ、ゲームシステムも活かす形で展開されるストーリー

前述した特色もあって、本作にミステリー・サスペンスのストーリーを期待するのはあまりオススメしない。おそらく、「思っていたものと違う!」とモヤモヤしてしまうだろう。

逆に言えば、そんな見た目とは全く真逆の題材を扱ったストーリーになっているのが本作のよくも悪くもな見所となっている。特に作中の舞台になる地下研究所に入って以降は、そのことを強烈に意識させるイベントが連続。どんどん事前に抱いた印象が覆されていく。

同時にSF要素を強く押し出しているだけの“あり得ない”展開の数々が、色んな意味でプレイヤーを翻弄させては引き込ませる。フローチャートの活用が本格化して以降が最たる部分で、文字通りカオスな展開の発生と真実の露見が続くのである。

アルバイトに参加するキャラクターたちの意外な素性が明らかになるのは序の口。そこからなぜか主人公が危機的状況に陥ったり、不可解な連続殺人事件が発生したり、戦闘が発生したリ、怪奇のひと言では表しがたい現象に巻き込まれたり、ついにはフライドチキンにはケチャップかマヨネーズかを問うことにもなるのだ。

そういった予想だにしない展開が連続するストーリーに仕上げられていて、プレイヤーに息つく暇を与えない勢いで引き付けるのだ。

ストーリーを追いやすくするため、システム周りも気を遣った作りになっている。特に本作で最もお世話になるフローチャートは常時呼び出し可能なのはもちろん、残された分岐の数、ロックされた選択肢がある場所などの欲しい情報が網羅されていて、非常に使いやすい。

このフローチャートはストーリーが進展するに応じ、徐々に大きくなっていくのだが、それについても拡大縮小機能を設けて全体像を把握しやすいように配慮。ジャンプ先たるノードにも数字が振られているので、現在、どこまで進んだか視覚的にも分かりやすい。

操作に関してもPC版はマウス、ゲームパッドの双方をサポートしていて、どちらでも違和感のない手触りを実現。それでも快適性はマウスが勝ってしまうのだが、どんなスタイルでも遊びやすいよう配慮されているのには、いかに設計に神経を注いだのかが分かる。

フローチャートに限らず、バックログにスキップといった機能も網羅。また、舞台設定、登場人物の名前などの情報も常時確認可能で、ストーリーを進める途中で、状況などが分からなくなってしまっても即座に再確認できる。

地味な機能であり、フローチャートもスキップなども特段珍しくはないのだが、気遣いが込められた仕上がりになっているのには、一連のストーリー体験を強く印象に残りやすくするためという狙いとこだわりを感じさせられるところだ。

詳しくは言えないが、一連のシステムや機能がちゃんとストーリーと絡んでいるのも見所である。その辺が明らかになるのは本編終盤の頃なのだが、なぜこうした機能が存在し、主人公の良志は使えるのか。そして、一連の不可解な出来事は何を意味するのか。

正直、その真相に関しては賛否が分かれると思われる。同時にそれなりにアドベンチャーゲーム、ノベルゲームに親しんでいる人には強い既視感を覚えるだろう。とは言え、約4~5時間の中編規模のストーリーで、これほど大量のネタを入れ込んだ作りは色んな意味で記憶に残ること請け合い。かなり混沌とした展開が続くゆえ、覚悟も求められるが、気になればぜひ主人公の視点から体験いただきたいところだ。

人によっては「ジェットコースターにも程がある」との感想も飛び出すかもしれない。

中規模のボリュームによる弊害もあるが、見所多き作品

しかし、ストーリーに関しては明確に難点と言える部分も散見される。中でも大きいのがキャラクターの掘り下げが足りていないこと。

本編には主人公を含む実験の参加者と、研究所の人間を含めて10人のキャラクターたちが登場するのだが、ストーリー展開に焦点を絞り過ぎた反動で、それぞれの掘り下げが最小限に留められてしまっている。

その関係で素性が判明しても、詳しい経緯や過去が語られなかったり、属性だけ紹介されて終わってしまうキャラクターが数人出てしまっている。

中には特定のイベントにしか登場しないのに加え、真のエンディングへと繋がるイベントでは影も形もないという、もの凄い扱いを受けているキャラクターも。この辺りはストーリーのボリュームを踏まえ、あえて削った箇所なのかもしれないが、それにしてももう少し扱いを考えられなかったのだろうかと思うところである。

ボリュームが関係しているところでは、終盤の駆け足気味の展開がある。そういった場面に限り、設定を解説する台詞、メッセージが多いのだが、その言い回しも論文的な硬さがあり、読んでいて退屈に感じやすい。題材的にそうせざるを得ない側面があったのだろうが、可能ならその種の情報は別途、TIPSを設けて説明を最小限にするなどの工夫をしても良かったように思える。中編特有のテンポの良さがあるのも事実だが、それによる代償が出てしまっているのは、もどかしい限りだ。

ほかに細かいところでは、フローチャートにある特殊な選択肢の存在を指す南京錠のアイコンが小さすぎる(そして、心印入手後のグラフィック差分が地味すぎて分かりにくい)、一部、首を傾げる効果音と楽曲のチョイスがある。

中でも後者は、シリアスな場面のはずなのにコメディドラマみたいな楽曲が流れたり、ギャグシーンで使われそうな音が流れたりするのが人によっては強烈に気になるだろう。いずれも全体の一部にしかないのがせめてもの救いだが、こうした所もストーリーにおける惜しい部分になってしまっている。

とは言え、某名作を意識したシルエット調の見た目をしつつ、特徴がハッキリと表現されたキャラクターの3Dモデル、動画も交えた背景の演出など、凝った部分も多い。台詞もフルボイスに対応しており(オプションでOFFにも可)、それぞれのキャラクターにマッチしている。

全体的に粗削りな所が見受けられるのは否定しないが、混迷を極めていくストーリーと、某名作な見た目からかけ離れたそのギャップ、気遣いが素晴らしいシステム周りなど、力作と表せる作りではある。シルエット調のキャラクターに象徴されるサウンドノベル、アドベンチャーゲームの名作にちなんだネタも妙にマニアックかつ豊富で、明らかに好きな人が作っていることが伝わってくる。

短めながらも混沌としたストーリーを味わえる本作。ミステリー・サスペンス系の作品でないことに注意が必要だが、手軽に楽しめるサウンドノベルゲームをお探しならぜひ、お試しいただきたい1本だ。

地下深くの研究所を舞台に起こる不可解な出来事に身を委ね、その先に待ち構えるストーリーという名の迷路からの脱出を目指そう。脱出成功後、あなたは群馬県に対して一層、秘境という印象を抱くようになるかもしれない。(!?)

[基本情報]
タイトル:『神無迷路』
作者:致意
クリア時間:4~5時間
対応プラットフォーム:Windows、Nintendo Switch
価格(税込):500円

◇購入はこちら
・Steam

・Nintendo Switch
https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000083974.html

  • シェループ(@shelloop

    様々なゲームに手を伸ばしたがる人。2D、3Dのアクションと手強めの戦略シミュレーションを与えると喜びます。

    Webサイト:box sentence