短編“診断”アドベンチャー『海鳥野ガクの精神鑑定録』ある少年が抱えた幻聴の背後に神話生物の影……?

アドベンチャー,フリーゲーム

××精神病院に勤務する精神科医「道島(どうじま)」。ある日、彼は院長から、ある入院患者の担当を任される。その患者とは「海鳥野(みどりの)ガク」という15歳の少年。

院長からの話および、事前にもらった資料によれば、ガクは父と母の3人家族だったが、父親の暴力が原因で5歳の頃から養護施設で育った。両親は中学2年生の時に離婚。中学卒業後、ガクは施設を出て、母親と2人暮らしを始める予定だった。

しかし施設からの一時帰宅中、ガクは母親を包丁で襲撃。たまたま様子を見に来た職員が発見し、止めに入ったことで大事には至らなかったものの、そのまま現行犯逮捕された。

それらの出来事を経て、道島の勤務する病院に入院してきたという。院長によれば、彼には軽度ながら統合失調症の症状が見受けられるとのこと。事件を起こした時にも「母親を殺せ」という幻聴が聞こえていたらしい。

かくして、ガクと歳が近いから(と言いながら30歳)との理由で担当医に選ばれた道島は、診察を開始する。果たして、彼が抱えている幻聴とは……?

そんなオープニングとともに幕を開ける『海鳥野ガクの精神鑑定録』は、2024年6月に公開された短編ホラーアドベンチャーゲームだ。「ノベルゲームコレクション」、「BOOTH」、「Steam」にてWindows PC、ブラウザ向けフリーゲームとして配信されている。

精神科医の主人公になり、患者の少年が抱える精神疾患の原因に迫る

主な内容としては、主人公である道島の視点に立って、ある事件を機に入院してきた患者「海鳥野ガク」の診断を実施していくというものだ。

本編は日数単位で進行する構成で、1日のうちのスケジュールが完了するとその日が終了し、次の日へと移る仕組みとなっている。

それぞれの日ごとに実施するのは、患者であるガクの診断だ。具体的には「観察」と「対話」を通して様子をうかがったり、その内面に迫っていく形である。各診断は画面内に表示されるコマンドを選択(クリック)するだけと単純。ただ、「対話」では彼に対し、どのような話題を振るかを道島こと、プレイヤーが選んで決める形だ。

この診断における最も大きな目標となるのが、ガクが悩まされる“幻聴”の正体を突き止めることである。元々、統合失調症の症状のひとつとして“幻聴”はあるが(※参考:国立国際医療研究センター病院|国立国際医療研究センター「統合失調症とは?」)、診断を進めていくとガクが悩まされる“幻聴”には不可解な特色が見えてくるようになる。

これを明らかにするため、プレイヤーこと道島はガクの観察と対話を通して、現時点において出来得る様々な手を尽くして真相に迫っていくのだ。

そして、もうひとつにして本編最大の目標が「生存」である。冒頭のストーリー紹介で触れたように、ガクは“幻聴”によって殺人未遂事件を起こしている。そのため、診断の進め方によっては……ということである。

そんな万が一の事態を引き起こさないよう、特に対話において慎重に話題を振りながら、診断を進めていくのだ。もし、万が一の事態が起きてしまえば、問答無用でバッドエンドという名のゲームオーバーである。それらを回避しつつ、幻聴の正体を突き止めることによって、本作はひとつの転機を迎える。

その転機とは、患者診断をメインにしたアドベンチャーゲームとしての終わりだ。そもそも、冒頭で触れたように本作はホラーアドベンチャーゲーム。それも“神話生物”の恐怖と対峙するホラーアドベンチャーゲームなのである。

幻聴の裏に潜む謎の神話生物。そこに行き着いた果てに……!?

本作の正式名称は『クトゥルフ神話ADV 海鳥野ガクの精神鑑定録』

架空神話として名高い「クトゥルフ神話」を題材にしたアドベンチャーゲームであり、ストーリーを描いた内容となっているのだ。

神話の生物が関係しているゆえ、ストーリー本編では日数が進むにつれ、数々の不可解な出来事に道島が直面することになる。どんな出来事に直面するかは見てのお楽しみだが、いかにもクトゥルフ神話らしい、おぞましいものを目撃することになるだろう。

そして、この不可解な出来事と絡み合った、先が読めない展開が本作およびストーリー全体における見所となっている。日数の経過とともにガクの診断は徐々に進み、道島にもわずかに心を開いていくようにはなるのだが、“幻聴”の大元がそう易々とはいかせないと言わんばかりに状況をかき乱してくる。そして、診断時の状況に応じてこちらに“牙”を向けてくるのである。時に全く思いもしない形で。

その思いもしない形でやられてしまったり、最悪の事態を招いた時の恐怖感はまさに「どうしてこうなった!?」と言わんばかりの恐ろしさがあり、プレイヤーに強烈な印象を植え付ける。同時にこんな予期しない行動を取る相手をどのようにして抑え込むのか?そして、生き残ることを目指せばいいのかと不安から、このストーリーがいかなる形で収束するのか、進んでプレイしたくなってしまう。

その結果、神話生物が関係しているなりの衝撃の展開が幕を開けるのである。ここから先はまさに主人公、道島の視点に立ってすべてを目撃していただきたいとしか、ほかに言いようがない。ただ、ひとつだけ言うならば、本編最大の盛り上がり所たる理由(わけ)を思い知らされるだろう。それまでの診断を中心に展開されていったストーリーが霞んでしまうほどに。確かにこれはクトゥルフ神話を題材にした作品だ、とも。

念のためだが、クトゥルフ神話を題材にしているとは言え、別にその知識がないと理解できない類のストーリーにはなってない。あくまでも、知っていればニヤリとできる程度だ。

それに、不意打ちを仕掛けてくることから、ゲームオーバーになる機会も多いのかと言われればそこそこ多い。しかしながら、仮にゲームオーバーになってしまったとしても、そうなった直前から再開できるので、前回セーブしたところまで大きく巻き戻される心配はない。「ストーリーをどんどん進めたいのに……」との思いに十分応えてくれる良心的な設計になっているので、これと言ってストレスなく一連の展開を楽しめるはずだ。

ただ、少し覚悟が必要な事柄を言うなら、すべてを乗り越えた末に訪れるエンディングは賛否が分かれるかもしれない。これも詳しくは言えず、実際に見て判断していただくしかないのだが、人によっては「え……?」となると思われる。ある意味、ホラー作品ならではとも言えるオチなので、賛の印象を抱く場合も無きにしもあらずなのだが……色んな意味で頭の中に“残ってしまう”だろう。

少なくとも、筆者は残ってしまった次第である。
……で、結局のところ、“残ってしまった”後はどうする気なんでしょう。

この人知を超えた恐怖から逃げ、生き延びろ。

ストーリー以外の見所としては、ここまでのスクリーンショットからも分かるモノクロ調で、色数を制限したグラフィックがある。

どことなく昔のゲームを思わせつつ、豊富なスチル(1枚絵)とキャラクターの表情……特にガクの豊富な差分によって、何かがこちらに迫りくるような“圧”を感じさせるものに仕上げられている。演出においても、そのグラフィックを活かしたショッキングなカットなどが豊富。また、一部には「そんなものも!?」とビックリする表現が入っている。どこでそれが見られるのかは秘密とさせていただくが、グラフィック周りに凝ったなりの極致とも言えるものになっているのもあって、大変印象に残ることだろう。

この見た目にちなんで、テキストフォントもドット感のあるそれっぽいものになっているに加え、「ポポポ」な効果音も入っているのも懐かしい気持ちを喚起させる。音楽も各シーンの盛り上げと恐怖感を引き立てる楽曲がチョイスされている。特に前述した神話生物が関係しているなりの展開においては、チョイスの真価が発揮されているので必見である。

短編アドベンチャーということで、何度かのゲームオーバー(バッドエンド)を挟んだ場合でも、エンディングまでは1時間半ほどと短め。また、本編には何度か、ガクではなく現在いる場所を細かく調べるイベントも用意されているのだが、基本的に調べられる範囲だけ調べたら終わりと、素っ気ないものになってしまっている。

ストーリー重視ゆえの措置だが、いずれのイベントもシチュエーションが色んな意味で刺激的ゆえ、もう少し関係ないものも調べられるようにされていると面白かったように思う。また、これは少しネタバレになってしまうので詳細を伏せながら書くが、重なっている関係で2つ調べられると気付きにくい表現があったのも気になった部分だ。

ただ、先が読めないストーリーも相まって、短さとは裏腹の密度があると同時に、演出のインパクトもあって非常に強い印象が残る内容に仕上げられている。グラフィック周りの凝りっぷりと“圧”も相当なもので、まさに力作と評せる仕上がり。

短くもスリリングな恐怖体験が味わえるホラーアドベンチャーゲームをお探しなら、ぜひプレイいただきたい作品だ。クトゥルフ神話を題材にしているゆえ、それ絡みの作品が好きな人にもオススメである。謎の“幻聴”に悩まされている少年を診断し、その裏にある真相を突き止めよう。そして……生き残れ。

[基本情報]
タイトル:『海鳥野ガクの精神鑑定録』
作者:いもチャイ屋
クリア時間:1時間~1時間半
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料

◇ダウンロード・プレイはこちら
・ノベルゲームコレクション(※ブラウザ版あり)
https://novelgame.jp/games/show/9827

・Steam

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