お面を着けた女の子と夏祭りを楽しんだ果てに何が……?手の込んだ演出も必見の短編アドベンチャー『水底の記憶』
ある日、主人公「ゆう」は、地元「水神町(みなかみちょう)」にある駄菓子屋の前に浴衣を身にまとった状態で立っていた。その駄菓子屋は、店を営むおばあさんが足を痛めたのを機に閉店したはずだったが、なぜかおばあさんは元気。
さらにゆうの背後には、お面を被った少女がいつの間にかに立っていた。その少女こと「お面ちゃん」と一緒に、ゆうは水神町で開催されている夏祭りへと訪れる。そして、お面ちゃんと一緒に祭りを巡っていくのだが……?
そんな唐突かつ、不思議なオープニングと共に幕を開ける『水底の記憶(みなぞこのきおく)』は、「WOLF RPGエディター」製の短編アドベンチャーゲームだ。2024年7月14日より開催された「WOLF RPGエディターコンテスト(通称ウディコン)」第16回で初公開された作品で、最終的に「物語部門2位」「画像/音声部門4位」「総合10位」の成績に輝いた。
また、2024年9月6日からはフリーゲーム配信サイト「ふりーむ!」での公開も開始されている。
2人の女の子が夏祭りの会場を巡っていくアドベンチャーゲーム
本作はごくわずかなマップの移動要素を取り入れたアドベンチャーゲームとなる。プレイヤーは主人公の「ゆう」と謎のお面ちゃんの2人一組を操作して、舞台となる水神町の夏祭り会場を巡っていく。
具体的には、夏祭り会場に並ぶ出店を訪れ、それぞれで発生するイベントを進めていく形である。イベントと言っても、多くは出店で売られている「たこ焼き」「ハンバーガー」「わたあめ」などを購入する形となる。なお、「焼きそば」はない。(なぜだ……)
出店の中には「千本つり」や「射的」もあり、これらは実際にミニゲームとして遊べる。「千本つり」は4つある景品のどれにつながっているかが分からない紐を選択するもの。「射的」は実際にコルク銃を構え、欲しい景品を狙い撃つというゲームになっている。
「射的」は照準が左右に自動で動き回る仕組みで、景品に重なった瞬間を狙って対応するキー(ボタン)を押し、撃つ形になる。照準は左右は制御できないが、上下には方向キーで動かすことが可能。景品によっては、単純に本体へと命中させるだけでは取れないものもあるので、この操作でそれぞれの急所を狙う形になる。
また、それぞれの出店で食べ物を買ったり、ゲームを遊ぶに当たってはお小遣い(お金)を消費する。お小遣いはスタート時点で2600円用意されているが、後から足すことはできない。なので、その範囲内で訪れる店と購入するものを決めていく。
最終的にお小遣いを使い切り、お面ちゃんから神社へと向かおうと誘われると、本編はそのままクライマックスに向けて一気に進んでいく。
こんな具合にマップの移動要素はあるものの、最小限に留められている。移動要素のあるアドベンチャーゲームでは定番の謎解きを始めとする探索要素も皆無である。そのため、全体の方向性としてはストーリー重視のゲームデザインとなっている。
豊富なムービーデモとスチルで攻めに攻める演出と、切なく心揺さぶるストーリー
本作の魅力は、ふたつある。ひとつは非常に手の込んだ演出だ。
ゲームを始めて間もなく、なんと手描きアニメによるムービーデモが流れるのだ。しかも、オープニングだけではない。他にも本編にはいくつかのムービーデモが用意されていて、なんらかの展開が起きたときに挿入される。もちろん、それぞれの内容やカット割りも独自に作られている。
ムービーデモ以外では、「千本つり」「射的」のミニゲームも演出的に凝った仕上がりになっている。特に注目は「射的」だ。コルクが命中したところに応じて反応がちゃんと異なる上、景品ごとに固有の倒れ方をしてくれる。
ミニゲームとしても単純ながら、パーフェクト狙いで何度か遊びたくなる面白さがあるので、いくつかある出店の中でもここには必ず訪れて体験してみていただきたいところだ。
なお、パーフェクト狙いで何度もリトライを繰り返そうとすると、お小遣いが減って他の出店を巡れなくなる恐れがあるのでご注意を。演出の話題からはズレるが、このお小遣いの存在も子ども同士が夏祭りを巡っているという実感を引き立てる要素として活きていて、妙な生々しさが表現されているのが印象的だ。(詳細は伏せるが)単なる雰囲気作りに限らず、ゲームの攻略にも大きく関係してくるのも見どころである。
そんな夏祭りの会場巡りがあらかた済むと、ストーリーがクライマックスに向けて進んでいくのだが、ここでもオープニングと同じくムービーデモが流れたり、豊富なスチル(一枚絵)が挿入されるといった派手な演出が相次ぐ。特にスチルは静止画に限らず、髪の毛が揺らめくといったアニメ入りのものまで用意されているこだわりぶりで、その手の込み具合を大いに実感させられるだろう。
この部分だけでも、相当な気合を感じられる仕上がりになっているので、本作を初プレイした際には一瞬たりとも見逃さずに堪能してみていただきたい。手描きならではの手作り感も独特な味わいを醸し出しているので、そこも合わせて要注目だ。
そして、もうひとつの魅力として挙げられるのがストーリーである。詳しい内容は、少しでも語るとネタバレに踏み込んでしまうので割愛するが、一連のムービーデモとスチルによる演出も相まって、切なくも心揺さぶるものになっている。扱っている題材は王道のものなのだが、キャラクターそれぞれの思いと葛藤に迫った台詞がいい意味で生々しく、過去に近い経験をした人なら、思わずドキッとさせられる。
また、本作には2種類のエンディングが用意されているのだが、おそらく最初は普通のエンディングを迎えて戸惑うことになるだろう。そもそも、「これ以上のエンディングがあるのか?」と首をかしげるかもしれない。だが、実は思いもしないところにそこへとつながるものがある。
それが何かは2周目以降、あれやこれやと試してみていただきたい。仮に1周目に普通のエンディングを迎え、周回を始めた時に発見すれば、意外な場所にストーリーが隠されていることに驚くはずである。これ以上、言及すると隠し場所を言いかねないので自粛するが、とにかくいろいろ試してみよう。そして、隠されたエンディングへとたどり着いてみていただきたい。
そのエンディングに至るまでの道には、そこそこ強烈な表現も仕込まれている。プレイヤーが多少、干渉できる仕掛けも用意されているが、おそらくエンディングへと繋がる正答に対し、歯がゆさを覚えてしまうだろう。
だが、それを踏まえるからこそ、隠されたエンディングはより印象深いものになっている。繰り返しになるが、いろいろ試してみよう。そして、本心に寄り添うのだ。
隠されたエンディングはぜひ自力で見つけ出して欲しい。その甲斐を存分に味わえる力作
なお、1周に要する時間はそれほど長くない。大体、10分以内には終えられるようになっている。ただ、隠されたエンディングを目指すとなった時は別で、試行錯誤を何度か繰り返すことになれば1時間ほどは要するだろう。
逆に言えば、隠されたエンディングに到達するまでのヒントがないに等しく、気付くまで周回を何度も繰り返すことになりやすいのはちょっとした短所となっている。
ただ、難しいのはヒントを入れれば、隠されたエンディングに到達できた時の達成感と感慨深さが極端に薄くなってしまうことである。特に主人公、ゆうの設定と深く関係している側面があるだけに、意図してこのような形にしたと推察される。
なので、ちょっとストレスを覚えるかもしれないが、これからプレイする人は自力で解き明かす方向で取り組んでいただきたい。なぜ、ヒントを入れるとかえって問題になってしまうのかが分かるだろう。
他に少し気になる点としては、移動の遅さがある。しかし、これも走れるようにすれば、夏祭りを巡る楽しさと雰囲気を損ねる恐れもあるので、難しい部分でもある。こういう意図した難点を残している辺り、本作は強い信念とこだわりのもとで作られたことを感じるばかり。その辺の判断は筆者個人としては尊重したいところである。
色々、思い切った部分には賛否が分かれるかもしれないが、作品としてはまさに力作というに相応しい仕上がり。特に手描きアニメによるムービーデモとスチルといった演出面のこだわり、心情表現の秀逸さが光るストーリーは一見の価値大いにありだ。本稿執筆時点で、夏はだいぶ遠ざかりつつあるが(でも、お祭りはそこそこ開催されているし……)、そうした季節感抜きにしてもプレイしてみていただきたい一作。
お面を着けた不思議な少女と夏祭りの会場を巡りつつ、タイトルに冠された「水底の記憶」の意味に迫ってみよう。
[基本情報]
タイトル:『水底の記憶』
作者:EHS(イースターハイスクール)
クリア時間:10分~1時間
対応プラットフォーム:Windows
価格(税込):無料
◇ダウンロードはこちら
・ふりーむ!
https://www.freem.ne.jp/win/game/32905