この事件……どうしたものかネタまみれ!妙な雰囲気漂う短編ビジュアルノベル『マリンエクスプレス殺人事件』
『VA-11 Hall-A』、『2064: Read Only Memories』など、インディーゲーム界隈では旧世代の家庭用ゲーム機、パソコンを彷彿とさせる懐かしのグラフィックを採用したアドベンチャー(ノベル)ゲームがいくつか存在する。特に前述2作が好評を博してからは、その影響を受けたと思しき、懐かしい雰囲気を漂わせた新作を目にする機会が増えている。
今回ピックアップする『マリンエクスプレス殺人事件』もそのひとつである。原題は『The Mysteries of Ranko Togawa: Murder on the Marine Express』。2021年7月にSteamでPC(Windows、macOS、Linux)向けに発売され、同年11月頃に『東川乱子の謎鑑定:マリンエクスプレスの殺人事件』という仮の邦題が付き、日本語への対応も発表された。
当初は2021年内を予定していたようだが、開発の1564 Studioによれば実装に問題があったことから延期。その後、2022年9月の大型アップデートで正式対応を果たした。
さらにほぼ同タイミングでNintendo Switch、PlayStation 4、PlayStation 5、Xbox One、Xbox Series X|Sの現行家庭用ゲーム機版の販売も各プラットフォームのオンラインストアにて開始されている。(※日本語版の販売はレイニーフロッグが担当)
日本人とスウェーデン人のコンビが殺人事件解明に挑む!
仮の邦題および原題に記されている通りだが、本作の主人公を務めるのは「東川乱子(とがわ らんこ)」。「セント・ヨアキム・アカデミー(聖ヨアキム学校)」なる名門校に通う、いつも不機嫌ながらも正義感に溢れた17歳の女学生である。
ある日、アメリカ・カリフォルニア州と日本を繋げる海底列車「マリンエクスプレス」が開通。「聖ヨアキム学校」一行は、そのツアー第1号に選ばれる。
ツアー中にはテーマ別のアクティビティのほか、海洋生物たちの舞う美しい景色を背景に豪華な食事も提供されるとのこと。生徒たちにとっては、学校生活から解放されて羽を伸ばせる絶好の機会になるはずだった。
ところが、そんなのどかな旅行が悪夢へと一変。なんと、教師のひとりが部屋で死んでいるのが発見されたのである。
この現場に偶然居合わせてしまった乱子、そして友人でスウェーデン人の女学生「アストリッド・ラーソン」は、その正義感から事件の捜査を開始する。一体、誰が教師を殺害したのか?そもそも、なぜ殺されることになったのか?
様々な障害を乗り越えながら、捜査を進めていく2人であったが、事態はさらなる混迷の一途を辿ることになるのである……。
このような形で本編は始まる。実際には殺人事件が起きるまでの間、生徒と教師たちの様々なやり取りが描かれ、各々の名前も明かされるのだが、その詳細は公式で明かされている情報を踏まえて割愛させていただいた。殺害された教師が誰かについてもまた然りである。どんな流れを経て、乱子たちが事件現場に居合わせてしまうのか。その流れは実際にゲームをプレイしてお確かめいただきたい。
そんな本作のジャンルは、記事の見出しに記している通りのビジュアルノベルとなる。ドット絵で描かれた背景、キャラクターたちといった見た目の特徴もあって、コマンド選択システムのあるアドベンチャーゲームを連想されるかもしれない。
だが、本作にそのようなものは存在しない。さらに付け加えると、選択肢とそれに伴うストーリーの分岐もない。完全な1本道である。そのため、プレイヤーのすることはただひとつ。ストーリーを読み進める。それだけだ。
事件現場の調査などもゲーム側、というよりは乱子とアストリッドが勝手に行ってくれるので、介入する余地はほとんどない。それもあって、ストーリー全体のテンポも早く、行き詰まりを起こすことも皆無。
まさにビジュアルノベルのジャンル通りの作りとなっている。
ゆえに本作ではコマンド選択システム特有の現場を隅々まで調べ、ストーリーを読み進めていく主人公になりきる体験は楽しめない。その辺りへの期待を持ってプレイすると、肩透かしを喰らいやすいので、あらかじめご注意いただきたい。
濃すぎるネタの嵐!事件も混迷一直線!?
そのため、本作の魅力となる箇所も絞り込まれる。
ストーリー……ではない。いや、確かにストーリーも魅力のひとつではある。
だが、それ以上のものが存在する。ネタ要素である。
これが密室殺人を題材にしたミステリーという大筋を飲み込むほどに濃い。
「急になに!?」とツッコみたくなるものが”不意に”飛び出してくるのだ。
どのようなネタが炸裂するのか。
細々と紹介してしまうと、飛び出してきた時の驚きが薄れてしまうため、一部の象徴的なものに留めるが、例えば列車内で給仕を務める男性の決め台詞がこちら。
「いや、それお前の決め台詞ちゃう!」
もうひとつ、舞台となる「マリンエクスプレス」内には乱子とアストリッド以外の「聖ヨアキム学校」の生徒たちも乗車している。
事件の調査では、彼女たちからも聞き込みをすることになる。そのひとりでハイファ・アルシャリフというアラビア人の学生がいるのだが、その御姿がこちら。
「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
さらにメニュー画面には「MariNET」なるグループチャットがあり、ストーリーの進展に応じて会話の内容が更新されていく。
主に登場人物、ストーリーの背景などを掘り下げる役割を担う要素なのだが……
ご覧の有様である。
(これ以外にも相当際どいブラックジョークがあるのだが、自主規制。)
他に乱子と行動するアストリッドが、本作を開発した1564 Studioの拠点を構えるスペインとゆかりがありすぎる(?)某校中等部1年生のことを口走ったり、当の乱子も「お前、本当に17歳か!?」と言いたくなる独り言をボヤいたりする。
あくまでも紹介したのは一部だが、こんな「何でこんなものが……」と困惑必至なネタが随所に仕込まれているのである。しかも、どれもこれも濃すぎて(よくも悪くも)分かる人にしか分からない。そして、これらが不意に飛び出してくる。
まさにミステリーなのか、それともコメディなのかという不思議な味わいに満ちているのだ。
ビジュアルノベルに限らず、アドベンチャーゲームにおいて、密室殺人という題材は定番中の定番であり、使い古されているきらいもある。
だが、本作はこうしたネタを入れることによって独特な魅力を作り出している。何より、不意に飛び込んできては変な空気を作り出すのが面白い。スペインのインディースタジオがこのようなものを作られたというのもまた然りだ。実はスペインではなく、スペイン村に拠点を置くインディースタジオが作ったのでは、との疑いもあるが。(ありません)
前述の通り、本当に分かる人にしか分からないものばかりなので、人によってはかすりもしない可能性もある。だが、シリアスな状況下で急に変な会話が繰り広げられる場面には独特な空気感があるので、興味があればぜひ、本編で味わっていただきたいところだ。
ネタに食われているとはいえ、大筋たるストーリーも捻りをきかせた内容に仕上げられている。特に終盤で起こる急展開、そこからの真相解明とエンディングは嫌でも印象に残ってしまうだろう。
また、旅行中には生徒の間で陰湿ないじめが描かれるといった生々しい展開もある。事件にまつわる真相も全くもって笑えたものではない。とりわけ女性のプレイヤーなら、作中の事件発生の原因になった人物に対し、強烈な憤りを抱くのは多分避けられない。そんなシリアスな部分はとことんシリアスにしているという、振り切りぶりもひとつの見所だ。
人によってはどこか、海外ドラマを見ているような気持ちになるだろう。
件のいじめに象徴される、精神的に応える台詞が相次ぐ展開もあるため、苦手な人には応える部分もある。ただ、そう言ったシリアスな要素と濃いネタが飛び交うまとめ方は、色んな意味で唯一無二。それもあって、”妙に”記憶と余韻が残る作品に完成されている。基本的にコマンド選択もなければ分岐もない1本道で、エンディングに要する時間も短め(3~4時間程度)だが、物足りなさはあまり感じさせない。むしろ、その独特さから次回作を期待したくなってしまうだろう。
実は本当に予定されているらしいのだが。
(※念のため、本作のストーリー自体は未完ではない。ちゃんと完結する)
粗っぽさもあれど、気軽に楽しめるビジュアルノベル
とは言え、随所に「ここは自分で調べたいな……」との気持ちを抱かせる部分も正直幾つかある。事件現場はまさにその象徴だ。また、前述の妙な登場人物たちも、事件と関係のない話題を聞いてその反応を楽しみたいとの気持ちにさせられやすい。
コマンド選択や分岐を廃したことにより、ストーリー全体のテンポが保たれている面もあるが、欲を言えば少しでもプレイヤーが乱子になれる場面があると、さらに印象深さが増したように思える。
次回作があるなら、テンポを損ねない程度に入れてくれればと願うところである。
また、ストーリー自体は捻りを効かせた仕上がりなのだが、ミステリーとしての出来はお世辞抜きによいとは言いがたい。
特に真相発覚後、ミステリーとしては致命的すぎる”大穴”が明らかになるのは看過しがたい。詳細はネタバレに直結するので伏せるが、普段、推理小説を読まない人も気付いてしまうぐらいの大穴である。こればかりは検証不足としか言い様がない。もしかしたら、真相に関するネタが先行したのかもしれないが、ならば尚更、大穴の存在に気付いて欲しかった。
グラフィックに関してもキャラクターの表情差分が多彩なのは素晴らしいが、事件現場の描写はやや迫力に欠ける。演出の影響もあるかもしれないが、もう少し音楽と効果音を使って盛り上げて欲しかった……と、特にアドベンチャーゲームを色々と遊ぶ人であればあるほど気になってしまうかもしれない。
他に主人公の乱子も全体的に強い言葉を常用する点で好みが分かれやすい。日本語翻訳はネタが象徴する通りに良好ではあるのだが、脱字や誤字が目立ち気味なのが惜しい。また、懐かしいグラフィックには不釣り合いなフォントが選ばれてしまっているのも、気になる人は無性に気になってしまうだろう。
そう言った厳しく指摘せざるを得ない部分もある。だが、ミステリーなのかコメディなのかと揺れ動く雰囲気は本作ならではで、これを味わうためにプレイしてみる(読んでみる)価値は十分にある。
見た目は懐かしいが、中身は分かる人が限られそうなネタまみれというギャップが面白い本作。短編に加え、ゲーム的な要素も抑えられているのもあって気軽に楽しめるので(ついでに価格もワンコイン)、気になればぜひ、触れていただきたい。
そして、その異様なネタの嵐に身をゆだねよう。
あなたはどこまで気付けるだろうか。
ついでに事件の真相にも気付けるだろうか。
順番がおかしいぞ、との異論は認めます。
[基本情報]
タイトル:『マリンエクスプレス殺人事件』
開発元:1564 Studio(※家庭用ゲーム機版販売:レイニーフロッグ)
クリア時間:3~4時間
対応プラットフォーム:Windows、Nintendo Switch、PlayStation 5、Xbox Series X|S、PlayStation 4、Xbox One
価格:¥500(※PlayStation 4 / 5版のみ¥499)
◇購入はこちら
※PC(Windows)版
※Nintendo Switch版
https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000049958.html
※PlayStation 5 / PlayStation 4版
https://store.playstation.com/ja-jp/product/JP1309-PPSA08068_00-MARINEEXPPS5JP00
※Xbox One / Xbox Series X|S版
https://www.xbox.com/ja-JP/games/store/44oe44oq44oz44ko44kv44k544ox44os44k55q665lq65lql5lu2/9ns40g6k5vgq