『千里の棋譜 ~現代将棋ミステリー~』 将棋400年の雄大なる歴史、そして棋士の魅力を余さず詰め込んだ推理アドベンチャー

アドベンチャー

【※本作は将棋を題材としたアドベンチャーゲームであり、将棋対局プレイができるものではありません。】

このような但し書きがされたゲームは、おそらく他に例がないだろう。

日本古来のボードゲーム・将棋のコンピュータゲームは1980年頃からあり、PC、家庭用ゲーム機、スマートフォンアプリなどで、数多くリリースされてきた。それらは当然ながら将棋の対戦、あるいは詰将棋と呼ばれるパズルを解くためのゲームだが、将棋を題材にしたストーリー作品も数少ないながら存在する(たとえばフリーゲームにも)。

【参考記事】将棋少年が主人公の青春伝奇フリーノベル『夏ゆめ彼方』公開 ほか ~今週のフリゲ・インディーゲームトピックス

2月27日にNintendo Switch / PlayStation 4 / PC(Steam)向けにケムコよりリリースされた『千里の棋譜 ~現代将棋ミステリー~』(以下、千里の棋譜)は、かつてないほどに重厚な将棋ストーリーを描いたアドベンチャーゲームだ。


いきなり事件が発生。ミステリーの基本だ

『千里の棋譜』はもともとスマホアプリとして、2015年~2017年に連作形式で無料リリース(現在は非公開)され好評を受けた作品。

企画・シナリオを手がけた宮下英尚氏(株式会社ミスタ・ストーリーズ代表取締役 / Child-Dream主宰)は、RPGツクール作品『Lost Memory』『Creatures~生きとし生けるもの達へ』などを代表作に持つ、インターネットの黎明期からフリー・インディーゲームでも活躍してきたクリエイター。そして将棋愛好家でもあり、その知識と経験が『千里の棋譜』のシナリオに活かされている。

プロ棋士 vs 将棋AIの最終決戦を描く、現実ともリンクしたストーリー

名人位をかけたプロ棋士と将棋AIの最終決戦、消えた名人、謎のキーワード『千里眼』――将棋界を巡る数々の事件を、主人公のフリー記者・一ノ瀬歩未が追っていくストーリーは、オープニングから波乱がちりばめられ、プレイヤーを飽きさせない。

テキストはきわめて読みやすく、また充実した用語集やキャラクターによる将棋界の解説がある。専門用語の多い将棋を、知らない人にわかりやすく説明するのは非常に難しいことなのだが、この点は見事にクリアされている。


用語集はメニューからいつでも見られる

2015年当時は、プロ棋士 vs 将棋AIが社会的関心を集めており、現実ともリンクした内容がプロ棋士にも絶賛された。『千里眼』という将棋とはマッチしそうにないキーワードを核心に据えたストーリーは、まさにひとつの対局のように、序盤、中盤、終盤と隙がない盛り上がりを見せる。特にあるキャラクターの真相が判明するシーンに、プレイヤーは誰もが驚かされるだろう。

アドベンチャーゲームとしての評判はすでに確固たるものだったが、家庭用ゲーム機に移植されてグラフィック、サウンドなど、あらゆる面でパワーアップしている。スマホアプリ版をプレイ済みの人でもきっと楽しめるはずだ。

なおミステリーとはいっても凄惨な描写はないので、そうしたものが苦手な人も安心してプレイできる(レーティングはCERO B、12才以上対象)。選択肢によってはバッドエンドもあるが、難易度は高くない。

将棋はよく知らないけれどアドベンチャーゲームが好きな人、アドベンチャーゲームはよく知らないけれど将棋が好きな人、どちらも楽しめる作風になっている。監修を務めた高橋道雄九段など、プロ棋士が多数実名で出演しているのも見どころだ。


選択肢によってはバッドエンドとなる可能性もあるので慎重に


主にコメディ担当の高橋道雄九段。本作の癒しである

将棋400年の歴史をアドベンチャーゲームに組み込んだ、その巧みさ

将棋の名人位は江戸時代、将棋愛好家だった徳川家康が1612年に制定した。現代に繋がる将棋界の制度は、ここから始まったとされている。

それからおよそ400年、将棋はほとんどルールが変わらずに人々の間で親しまれた。プロもアマチュアも分け隔てなく技術を競い、磨き合い、数多くのドラマを生み出してきた。将棋は今日、単なるボードゲームではなく日本固有の文化のひとつとして知られるようになった。

『千里の棋譜』のストーリーは、江戸時代から続く将棋名人を巡る戦い――が重要な要素だが、あくまで要素のひとつでしかない。

根幹にあるのは、400年の歴史の厚み、そしてその中に生きる人間の情熱(あるいは執念)そのものだ。

最近では、将棋をテーマにした漫画や一般文芸、ライトノベルが多く出ており、それらは過去の将棋界で実際に起こった事件や実在の人物をモデルとして作られていることも多い。『千里の棋譜』にもそうした要素があるのだが、将棋400年の歴史を実に巧みに組み込んだ、アドベンチャーゲームならではのダイナミックなミステリーとして構築されているのだ。


物語で重要な役割を果たす過去の大名人。将棋ファンならわかるシルエットだ

そしていよいよ『千里眼』の正体が明らかになったとき――「そんなまさか!」と思う一方で、「もしかしたらありうるかも?」という不思議な説得力を見せられる。この展開はきっと、将棋を知っている人ほど衝撃を受けるだろう。

ゲームならではの圧巻の対局シーン

『千里の棋譜』の特徴のひとつが、作中の将棋対局シーンを、実際に盤面を動かして見せるという演出だ。これにより、最初から最後までどのように勝負が進行するかわかるようになっている。

将棋には、どのように対局が行われたかを記録する『棋譜』というものがある。では作中のプロ棋士 vs 将棋AIというトップレベルの棋譜がどのように作られたかというと、コンピュータ将棋研究の第一人者の協力の下、実際の将棋AI同士の対局から採用されているのだ。


臨場感に満ちた対局シーン

人間同士の対局だと、些細なミスがひとつかふたつ、どうしても出てくる。しかし本作の名人 vs 将棋AIに採用された棋譜は、ミスらしいミスが見当たらない、開発者が「神域の一局」と称するほどの完璧な棋譜なのだ。終盤の妙手が指されるシーンは、将棋ファンが見れば感動間違いなしだし、将棋をよく知らない人でもキャラクターたちのひっきりなしに変わる表情と緊迫感あふれるセリフで楽しめるだろう。

「結局、将棋がわからないと楽しめないのではないか?」という疑問には、明確に「NO!」と答えられる。

駒の動かし方すらほとんど知らないという人では、確かに細かいことはわからないかもしれない。しかし完璧な将棋に挑もうとする名人たち対局者と、主人公たち観戦者――その執念や熱量や興奮は、間違いなく画面のこちら側に伝わってくるはずだ。

新規制作された第二部も大満足のシナリオ

本作は今回家庭用ゲーム機へ移植されるにあたり、スマホアプリ版の内容を第一部として、新たに第二部が加えられている。

筆者は第一部の出来のよさを知っていただけに、「これに匹敵する続編など作れるのだろうか?」と発売前は心配だった。しかしそれはまったくの杞憂だった。


第二部ではまさかの無人島へ。ますますミステリーらしさが

幻の名人戦を巡る新たなミステリーが幕を開けるのだが、まさに第一部に匹敵する驚きの、スリル満点の展開が用意されているのだ。ここでもやはり、棋士という人種の尋常ならざる情念を、余すところなくプレイヤーに叩きつけてくる。第一部同様の、大きな歴史の流れを組み込んだシナリオには思わず震えた。

そして最終盤には、将棋に人生を懸ける若者たちの、さらなるドラマが待っている。近年の将棋界はドラマティックな出来事が次々と起こるため、「フィクションを超えた」などと言われることがある。しかし宮下氏が創り上げたこの渾身のストーリーには、さすがに現実は及ばないのではないかと思う。

「スマホアプリ版をプレイ済みだから、家庭用ゲーム機版は別にいいかな……」と思っている人は、あまりにもったいない! この第二部のためだけに購入しても損はないはずだ。

これまで数少なかった将棋ストーリーゲームだが、今後もいくつかは出てくるかもしれない。そんな中で『千里の棋譜』は、このジャンルにおいて真っ先に名前の挙がる一作となるだろう。

[基本情報]
タイトル:千里の棋譜 ~現代将棋ミステリー~
ジャンル:現代将棋ミステリーADV
対応機種:Nintendo Switch / PlayStation4 / PC(Steamストアダウンロード版のみ)
制作:株式会社ミスタ・ストーリーズ / ケムコ

希望小売価格:
パッケージ版 3,666円(税込み)
ダウンロード版 3,000円(税込み)

公式サイト
https://www.kemco.jp/game/kifu/ja/