文字通りの“推理小説ゲーム”『椿屋敷の亡霊』2つの視点から事件を考察し、隠された真相を暴け

アドベンチャー,フリーゲーム

時は昭和初期。一代で会社を築き上げた女社長で、財界でも名の知られた御影真珠子(みかげ しずこ)は、道楽の一環で探偵事務所を始めた。

しかし、やってくる依頼は不倫の調査に家出人捜し、迷いネコの捜索といったものがほとんど。それが退屈極まりないと感じた真珠子は事務所の留守番を孫の御影吹郎(みかげ ふくろう)に任せ、自身は放浪の旅へと出てしまった。

その日も事務所には留守番を任された吹郎と、助手として働く小戸森日向子(こともり ひなこ)の2人が居たが、状況はいつもと違っていた。事務所に過去、捜査終了となってしまった連続殺人事件の真相を解明してほしいとの依頼が手紙で送られてきたのだ。しかも、差出人は15年前に起きた事故ですでに亡くなっているはずの人物。

謎が謎を呼ぶこの事件に、吹郎と日向子は当時の資料などを参照しつつ、この連続殺人事件……「蛭沼家(ひるぬまけ)」「咲鬼家(さかきけ)」の2つの名家が一同に集まったその日に起きた出来事を調べていく。そこに隠された真相とは。

いかにも昭和な香り漂うビジュアルとオープニングが描かれる本作、『椿屋敷の亡霊』はWindows PC、ブラウザ向けフリーゲーム。

2024年8月27日より「ノベルゲームコレクション」にて配信・公開されている作品で、ジャンルは推理小説ゲーム……である。「そこはノベルゲームと言うところだろ?」と思うかもしれないが、あえて強調させていただく。本作は推理小説ゲームだ。

事件当時の関係者と、依頼を受けた探偵の2つの視点から描かれる物語

主な内容としては、「物語パート」と「推理パート」の2つのパートを交互に読み進めていく形のものとなっている。

「物語パート」は、殺人事件当時の一部始終を追体験するパート。端的に言えば過去の物語だ。このパートでは、プレイヤーは事件関係者のひとり、蛭沼蓮司(ひるぬま れんじ)の視点に立ち、殺人事件が起きるまでのいきさつや、どのような人物がその当時の現場に居て、どんなやり取りを交わしたのかを追体験していく。

一連の流れは章仕立てで展開。また、このパートは基本的に読み進めることにフォーカスしており、途中に選択肢が現れるといった、プレイヤーの参加を促す類の要素は一切出てこない作りとなっている。

ある程度、「物語パート」の章を読み終えると「幕間」へと移行。この幕間が「推理パート」に当たる。

「推理パート」は吹郎と日向子がいる御影探偵事務所……現在の時間軸が舞台。それまでの「物語パート」で語られた内容と、吹郎が集めた資料などを確かめながら、事件情報の整理と考察に取り組むことになる。

進め方としては、複数ある資料のひとつを選択。その詳細を表示させたのち、どこかに隠された「椿マーク」を探し出す。「椿マーク」を発見して調べると、吹郎と日向子の会話が発生。その内容に応じて「推理ワード」なる、赤で記された単語が手に入る。

用意された資料をいくつか調べて、推理ワードがある程度集まったら、資料選択画面左上にある「コウサツ」をクリックして考察画面へと移行。

それまでに集めた推理ワードを適切な場所へと当てはめて、現時点で考えられる可能性をまとめたメモ、その名も「日向子メモ」を完成させるのだ。

メモが完成すれば、物語が進行。そのまま過去を舞台にした「物語パート」が始まって、再び当時の出来事が語られていく。そしてまた、幕間こと「推理パート」が始まって、資料を確認しながらの推理ワード探しとメモ作成に取り組むことの繰り返しだ。

本編はこのような流れに沿って進めていく形となる。なお、選択肢や分岐といった要素およびシステムはない。「推理パート」ではメモ作成の過程において、事実上の選択が発生するが、どれを選んだかでその後の物語が変わるようなことはない。仮にメモ作成の過程で、正確ではない推理ワードをはめ込んで作成を試みても、再びやり直しになる(ゲームオーバーにもならない)。

その特徴からも明らかだが、本作は完全に1本道のゲームとして設計されている。同時にそれが本作をノベルゲームではなく、推理小説ゲームと称する理由のひとつでもある。

全体の構成に留まらず、体験面でも推理小説らしさを表現したその作り

そもそも、本作は始まりからしてバリバリの小説である。まるでお品書きのように目次が堂々と表示されるのだ。

▲本編開始間もなくこちらが出てくる。

全何章構成で、どのような流れで物語が進んでいくのか。そのすべてが最初に分かってしまうのである。さすがに章題については、ネタバレとなる用語などは使用を避けているため、楽しみを損なう恐れはない。それにこれは、現実の小説で最初のページに添えられたお約束とも言えるものである。それがこのゲームでも最初に添えられていて「バーン!」といった勢いのまま出てくるのだ。

なにゆえノベルゲームではなく、推理小説ゲームと称しているのかの訳のひとつが察せたかと思える。そう、構成からして小説なのである。そして、もうひとつの小説ゲームと称する理由のひとつが、本作の特徴にも当たる「物語パート」と「推理パート」の2つ。

特に推理小説(ミステリー小説)というものは、登場人物が多数出てきたり、舞台となる場所の構造がトリックにも関係してきたりなど、情報量が比較的多い。そのため、読者はそれらの情報をある程度、頭の中に叩き込んだ上で物語上の人物の視点に立ち、読み進めていくことになる。

しかし、人によっては情報を覚えながら読むのは辛いと感じて、こんな行動を取るはずだ。紙、あるいは近頃であればパソコンのテキストエディタ、スマートフォンのメモ帳などに登場人物の名前などの情報を書き出して、あとから確認しやすくするといったことを。

つまり、推理小説は読み方によっては登場人物になり切るひとつの視点と、読者としての視点の2つが並行することになるわけだが、本作はその2つの視点をゲームとして落とし込んでいる。「物語パート」は事件の当事者である蛭沼蓮司の視点による追体験がメイン。「推理パート」は事件当時の出来事が記された資料などを読み、情報をまとめようとしている読者……吹郎と日向子の体験を主とするという感じに視点ごとの楽しみ方を表現しているのだ。

このため、本作は「推理小説を楽しんでいる」という気持ちになりやすいゲームデザインが確立されている。小説ならではの体験をゲーム全体に反映し、内包させたような興味深い作り方でまとめられているのだ。

これが本作をノベルゲームではなく、小説ゲームと称する理由の中でも特に大きなものである。実際、始まって間もなく目次が出ることからして、本作が小説らしさを意識しているのが色濃く現れている。2つのパートが作品側、読者側の見方と特徴を踏まえて作られているのもその象徴だ。

ただ、さすがに目次から終盤の章にジャンプするようなことは無理だが。オープニング専用のムービーもあるので、その辺りについては、普通にノベルゲームと称するところである。

ただ、全体的に小説らしさを意識した作りには独特の味が出ている。分岐がなく、1本道で完結するところもまた然りで、遊んでみればノベルゲームというよりは、小説ゲームと称すのが似合っていると強く実感させられるだろう。

肝心の物語も終始、緊迫ムードが付きまとう見応え十分の内容だ。そして、昭和時代が舞台のミステリーにありがちなネタのオンパレード。2つの名家が一同に集まる展開を筆頭に、嫌味ったらしい性格の長男、不思議な双子、顔を隠した家主、果ては土砂崩れに土蔵と……色んな意味でコッテコテである。

事件の捜査が終わってしまった理由が明かされる中盤終わり、真相が暴かれる終盤にかけても、どこかで聞いたようなネタが炸裂。同時に意表を突きながらも、読み手を大いに納得させる展開が待っている。

少々、ゾッとする演出も交えつつ語られるそれらには、昭和時代が舞台のミステリーが好きな人なら「これぞ昭和ミステリー!」と、拍手したくなってしまうはずである。

「推理パート」に登場する吹郎、日向子のコンビの掛け合いもその構図からして、特定の人なら「オオウ……!」となってしまうだろう。

そう言えば紹介が遅れたが、吹郎は18歳の青年である。日向子とは同じ歳だ。

何かが音を立てて崩れたのだとしたら、お詫び申し上げる……。

2つの視点による追体験と考察を経て明かされる真相とは……

ここまでのスクリーンショットからも分かるように、本作は立ち絵、背景といったグラフィック全般も非常に手の込んだ仕上がりだ。

特に立ち絵に関しては、実に10人を超える登場人物すべてに表情差分を含むバリエーションが用意されている。展開に応じて挿入されるスチル(1枚絵)の数も豊富で、要所ごとのイベントを大いに盛り上げてくれる。デザインも前述した吹郎は、特定の人ならば色んな意味で“ぶっ刺さって”しまうだろう。実際、性格的にも強く印象に残るキャラクターになっているので要チェックだ。

ボリュームに関しても、エンディング分岐のない1本道とは言え、一通り終えるのに4~5時間を要するなかなかの規模。また、詳しくは実際に見てのお楽しみだが、クリア後にもちょっとしたものが用意されている。

そして、本作には2周目を衝動的に始めたくなる仕掛けが物語に仕込まれている。実際、取り組んでみることで全体の印象が一変するので、もし興味があればチャレンジしてみていただきたいところだ。より一層、この物語への印象と理解が深まると同時に、さまざまな考えを巡らせるようになってしまうだろう。

これと言って、プレイ全般において気になる箇所は少ない。強いて言うなら、「推理パート」の資料を調べる際に探し出す椿マークの判定が一部、狭くて気付きにくいことか。あとは全体的に「物語パート」が物語の大半を占めるため、主人公に当たる吹郎と日向子の出番は少ない。これについては、とても分かりやすい要望を出しておくとしよう。続編を頼む!

そんなこんなで、小説ゲームと称せる特徴的なゲームデザインと、これぞ昭和ミステリーな見所満載の物語が光る本作。その題材、キャラクターの容姿、そしてゲームの特徴のどれかひとつに少しでも興味を抱いたなら、すぐにでも遊んでいただきたい力作にして良作だ。2つの視点から連続殺人事件を調査し、真相をひも解こう。

そして、真相に気付いたら別の視点で楽しんでみよう……?

[基本情報]
タイトル:『椿屋敷の亡霊』
作者:腐乱ぼわーず
クリア時間:4~5時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料

◇ダウンロード・プレイはこちら
https://novelgame.jp/games/show/10313

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